アプリケーションの広がりが予想されるテラヘルツ技術

井上 憲人

現在、LTEの次、第5世代移動体通信(5G)関連のニュースが増えている。5Gは、一般紙でも取り上げられているので、ここでは触れないことにして、最近ニュースが増えたテラヘルツ(THz)技術に注目してみよう。
 テラヘルツ技術は、国内外で開発が進んでおり、国内では東京大、理化学研究所(理研)などが最新成果を発表している。これらは、それぞれのWebサイトで見ることができるので、ここでは、QCLレーザとTHzアプリケーションの両方に関して、海外の動向の一端を見ておくことにする。
1. 極低温冷却不要のテラヘルツ技術
 これは、TECで動作する量子カスケードレーザ(QCL)技術
2.デュアルチップスケールコムでTHzハイパースペクトルイメージング
3. テラヘルツイメージング、木の表面下の虫害を暴く

極低温冷却不要のテラヘルツ技術

スイス連邦工科大チューリッヒ校量子エレクトロニクス研究所(Institute for Quantum Electronics, ETH Zurich)のジェローム・ファイスト教授(Jérôme Faist)グループは、極低温冷却なしで動作するテラヘルツ量子カスケードレーザ(QCL)を初めて実現した。この偉業は、実用的なアプリケーションで、このデバイスの利用普及を告げるものである。
 物理学部の研究グループは、温度210K(-63°C)で動作するTHz量子カスケードレーザの実現を報告した。それは、このタイプのデバイスでこれまでに達成した最高動作温度である。さらに重要なことは、初めて、そのようなデバイスの動作が、極低温冷却を必要としない温度領域で実証されたことである。極低温冷却ではなく、研究チームは、熱電冷却(TEC)を使用した。TECは、極低温冷却装置と比べると、はるかにコンパクトで安価であり、維持が簡単である。この前進により研究チームは、さまざまな実用的アプリケーションへの主要な障害を取り除いた。

アプリケーションへのカスケード

量子カスケードレーザ(QCL)は、THzデバイスの自然な概念として以前から確立されていた。可視光から赤外周波数域の光源として広く利用されている多くのレーザと同様に、QCLは半導体材料ベースである。しかし、利用されている一般的な半導体レーザと比べると、QCLは、根本的に異なるコンセプトにしたがい動作し発光する。簡単に言うと、QCLは、精密設計の半導体構造の反復的スタックの周りに構築されている(図1のパネルc)。これは、適切な電子遷移が、その中で起こるように設計されている(図1のパネルd)。
 QCLは1971年に提案されたが、それをファイスト教授らが実証したのは1994年。さらに米ベル研究所で研究を続けた。このアプローチは、基礎と応用の両方において幅広い実験でその価値を証明した、主に赤外領域である。THz放出に向けたQCLの開発も、2001年から始まって、大きな進歩を遂げた。しかし、極低温冷却は、一般に液体ヘリウムが必要なため、普及は遅れた。液体ヘリウムは、非常に複雑でコストがかかるため、デバイスは大きくなり、移動性が低下する。より高温で動作するTHz QCLへの前進は、7年前に基本的に止まった。その時点で、200K(-73°C)でデバイス動作が達成されていた。

障害を克服

200K到達は、素晴らしい偉業だった。しかし、その温度は、極低温冷却技術が熱電冷却(TEC)で置き換えられる基準をわずかに下回っている。その記録的な温度が2012年以来動かなかったということは、ある種の「心理的障壁」が上昇し始めていたということであった。その分野の多くの人々は、THz QCLは常に極低温冷却とともに動作させなければならないことを受け入れ始めた。ETHのチームは、今回、その障壁を破壊した。Applied Physics Lettersに発表したように、チームは、最高210Kの温度で動作する、熱電冷却THz QCLを報告した。さらに、放出されたレーザ光は、室温ディテクタで計測できるほど強力であった。つまり、セットアップ全体は、極低温冷却なしで動作し、実用的なアプリケーションの可能性をさらに強化するものである。
 ボスコ氏(Bosco)、 フランキー氏(Franckié)などの研究チームは、2つの関連する成果により、「冷却障壁」を取り除くことができた。まず、QCLスタックの設計で、できるだけ簡素なユニット構造を採用した。これは周期ごとに2つの量子井戸をベースにしている(図1のdパネル)。このアプローチは、より高い動作温度へのルートとして知られているが、同時にこの2井戸デザインは、半導体構造の形状の非常に小さな変化にも大きな影響を受ける。1つのパラメータに関連したパフォーマンス最適化は、もう1つに関連した劣化につながる。系統的実験最適化は実行可能な選択肢ではないので、研究チームは数値モデリングに頼らざるを得なかった。
 これは、研究グループか大きく前進した第2のエリアである。最近の成果で、グループは、非平衡グリーン関数モデル(Green’s function model)として知られるアプローチを使い、複雑な実験的QCLデバイスの正確なシミュレーションを立証した。強力なコンピュータクラスタでの計算が必要であったが、計算は極めて効率的であるので、系統的に最適設計を探すために利用できる。正確にデバイスの特性を予測し、また正確な仕様にしたがってデバイスを製造するグループの能力は、TECで達成できる温度で一貫して機能する一連のレーザを実現するツールになった。また、そのアプローチは、決して枯渇することはないので、動作温度をさらに上げる考えが、グループにあり、暫定的な成果は極めて有望である。

図1

図1 熱電冷却されたTHz量子カスケードレーザ。 (a)熱電冷却されたレーザボックス、レーザはペルチェ素子(白□)の上にマウントされており、195K ~ 210.5Kの間で動作が可能。レーザはトップリッドのウインドウから放射。(b)レーザボックスにマウントされたレーザチップは、複数のレーザリッジの上部に接続された細い金線で接続されている。(c)1つのレーザリッジの概略図、水平な線は階層化された半導体により形成された量子井戸構造を示している。リッジ(150μm幅)は、薄い銅層に挟まれている。(d)導電帶エッジ(白い線)は印加動作バイアスによって傾斜しており、電子密度は色で示されたエネルギーに分解。電気バイアスが、点線で示された非放射遷移を通して電子を動かしている。これが、薄い井戸の状態を励起し、緑の矢で示された広い井戸の状態よりも多くなるので、THzフォトンのネット誘導放出が可能になる。(提供:ETH Zurich/D-PHYS、 ファイスト教授グループ)

THzギャップを埋める

極低温冷却なしで動作するテラヘルツ量子カスケードレーザの最初の実証は、「THzギャップ」を埋めるための重要な一歩を構成する。THzギャップは、成熟技術、マイクロ波と赤外放射の間に以前から存在していた。可動パーツも循環液も関係なく、ETH物理学者が紹介したTEC THz QCLは、専門研究所の外に、より容易に適用し、維持することができる。

デュアルチップスケールコムでTHzハイパースペクトルイメージング

米プリンストン大(Princeton University)の研究チームは、THz量子カスケードレーザをベースにした、チップスケール周波数コムでハイパースペクトルイメージングを実証した。デュアルコムは、フリーランニングであり、帯 域220GHz、3.4THz ~ 10μW per lineをカバーするコヒーレントTHz放射である。デュアルコム分光計とモノリシックデザイン、拡張性、チップスケールコムの組合せは、生体医療や生産産業の今後のイメージンクアプリケーションに訴求性が高い(1)。
 薬品製造ラインで迅速に分子を計測でき、患者の皮膚の組織を分類できるポータブルスキャナ開発に向けて、プリンストン大主導の研究チームが、マイクロチップに組み込める小型で効率のよいレーザを使うイメージングシステムを開発した。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2019/11/028_THz.pdf