フェムト秒レーザ:その始まりから産業応用まで

サミー・ヘンドゥ

チャープパルス増幅法は高エネルギーの超短レーザパルスを生み出し、その利用によって、多くの産業に恩恵がもたらされる。

2018年ノーベル物理学賞は、レーザ物理学における画期的な発明として、アーサー・アシュキン氏、ジェラール・ムル氏、 ドナ・ストリックランド氏に授与された。特に、ムル氏、ストリックランド氏に授与されたノーベル賞は高強度な超短光パルスの発生法に関するものである。この方法は、一般にチャープパルス増幅法(Chirped Pulse Amplification:CPA法)(図1)と呼ばれる。受賞理由は、CPA法の新規性が科学界において認められたというだ
けでなく、この技術がレーザ産業界に及ぼした影響の大きさである。現在、CPA法はフェムト秒パルスを生成するための主要な手段となっている。
 より短い、高強度なレーザパルスの生成、利用は常に高い関心がもたれてきた。しかし、そのようなパルスを固体増幅器や光学ファイバ中で高強度に増幅するには物理的な障壁がある。パルスの時間幅が短くなり、ピークパワーが高まると、光学的な非線形性が発生し、それによって材料内を伝搬できる光のピークパワーが制約される。光学非線形効果に起因するコヒーレント光散乱は増幅器の効率を下げる。しかし、さらに重要な事は、強いレーザパルスの高いピークパワーが増幅システム内の部品材料の損傷しきい値に達して部品を損傷させてしまうことである。
 CPA法では、長いファイバや回折格子対を使って、レーザパルスを増幅前に時間的に長く引き伸ばすことで、これらの制限を回避する(図1)。引き伸ばされてピークパワーが下げられたパルスは増幅後も、増幅部品の光学損傷しきい値を十分に下回る。増幅後はパルスの長波長成分が短波長成分よりも短い光路を通過するように配置された格子対により、時間的に伸ばされたパルスを反転圧縮する。この概念は、高エネルギー超短レーザパルスを作り出すため方法を提供し、多くの学術応用、ひいては産業応用の道を開いた。

動車用ピストン

大手自動車メーカー用の量産品自動車用ピストン。エンジン性能向上のためにフェムト秒レーザで処理されたピストンである。

図1

図1 CPAの仕組み(この図は1985年のストリックランド とムルの論文から引用(1))

背景

1990年代初期、研究市場ではチタンサファイアレーザが多く使われていた。波長バンド幅が広帯域、かつ可変で、短パルス化、高エネルギー化が容易であるため多くの新しい応用研究が可能になった。二光子顕微鏡に用いられる多光子イメージングはこの性能の恩恵を得た成功例の1つである。
 上記の例は確かに成功だったが、この先端的な技術はそのサイズの大きさと複雑さで商業的な広がりを見せなかった。一方、光通信技術の発展に伴い、光ファイバを基盤とするフェムト秒ファイバレーザ技術は、チタンサファイアレーザの欠点を部分的にではあるが改善した。しかし、当時の出力とパルスエネルギーは依然として低く、成功というまでには至らなかった。最終的には、ファイバレーザ技術の進展にCPA技術が組み合わさり、これまで得られなかった産業応用の可能性が拓けることとなった。
 CPAの発明が公のものとなって以来、多くの学問分野と産業応用でこの概念が採用され、多くの驚きと成果をもたらしている。1991年、米カリフォルニア工科大のアハメッド・ズヴェイル氏は、フェムト秒分光を用いた化学反応中の遷移状態の研究によりノーベル化学賞を授与された。
 科学研究用途以外の最初の際立った応用は眼科分野だった。高強度のフェムト秒パルスは、熱損傷を起こさずに透明な生体組織を切除するために理想的な道具である。角膜フラップをフェムト秒レーザで作成した後、角膜実質をエキシマーレーザで成型する技術が、近視矯正として商業化された。
 今日では、すべての工程にフェムト秒レーザを用いた角膜視力矯正が可能となっている。ファイバを基盤としたCPA(すなわちFCPA:Fiber Chirped Pulse Amplification)は、その高信頼性に基づいた光学性能から、このような先端的な眼科応用に理想的であることが実証されている。
 2000年初めの経済的な停滞によって、むしろ技術の発展に新しい道が開かれた。これらの中で最も興味が持たれたのが、高エネルギーレーザ光源であり、ファイバクラッド励起増幅や高エネルギー固体レーザへの興味が巻き起こった。これらの先端的な応用は、軍事目的などの物質の損傷解析だけでなく、部品や装置の検査なども含まれている。

材料加工

その間、材料加工においてピコ秒パルスレーザが、ナノ秒レーザよりも優れていることが認識されてきた。ピコ秒レーザを使えば、材料の熱損傷を抑えられるため、マーキング、穴明け、切断など、製造産業において採用されることとなった(2000年中頃まで)。
 しかしながら、その材料加工技術が進歩してくると、その技術特性から多くの応用でフェムト秒レーザが “必要とされる”であろうことが既に認識かつ実証されていた。IMRAアメリカ社はFCPAに基づいたマイクロジュールレベルのフェムト秒レーザを2002年に材料加工用途で初めて発売した(2)。ファイバ技術を使ったFCPAは高いピークパワー、高平均出力値、高パルスエネルギーを持つフェムト秒レーザを構築するための一般的な手段となった。
 一般的にフェムト秒レーザによって生じる熱影響領域(Heat Affected Zone:HAZ)は他のレーザと比較して極めて狭いため、家庭向けの精密電子機器やディスプレイといった産業において、FCPA技術は新たな応用を切り開いてきた。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2019/09/D_012-014_ft_chirped-pulse.pdf