生体内の神経回路において神経疾患への道を拓く3Dマッピング

アナ・リンデンバーガー

既存の 2光子顕微鏡に SLM空間光変調器を使用して改良を加えると、非侵襲的プローブが皮質の奥深くまで届き観察することができる。

広範囲な研究がなされているにもかかわらず、脳機能や神経疾患はよく分かっていない。脳の神経細胞(ニューロン)の量と混合細胞型のネットワ-クが高密度に相互接続していることから複雑さが発生している。脳神経科学者が伝統的に依存しているパッチクランプに属するツールのプローブは、単体のニューロンの電気的活動を捉えることができ、fMRI(機能的MRI)は何百万という神経細胞を含むボリュームの活動を画像化することができる。
 これらのアプローチは2つの非常に異なるスケールを対象としている。しかしながら、脳が神経回路に生じる発火パターンを通して機能しているので、神経回路または回路ダイナミクスの物理構造を変更しようとした結果、脳神経疾患が生じてしまうことが起こりえる。これらの回路は中間スケールで存在するが、パッチクランプでもfMRIでもその道筋を読み解くことはできない。神経科学者に脳機能を研究するためのさまざまなツールを与える場合に重要なのは、脳の単体セルの解像度と共に非侵襲的プローブが脳の基本であるマイクロ回路を観察する上で必要な手段であるということである。
 この10年以上にわたって、カルシウムイメージングと光活性化は、回路の活動を観察し操作して全光学的手段を提供することによって、この問題の解決策になると考えられてきた。カルシウムイメージングは、ニューロンの蛍光特性を変更するためにカルシウムと結合するカルシウム指示薬を使用する。ニューロンが発火したとき、細胞内へのカルシウムの取り込みがある。もし、発火ニューロンが発火イベント中に励起ソースと共に点灯しているなら、蛍光性の放出が増加するので、電気的活動に対応する光応答が生成される。
 カルシウムイメージングを補足するのは光活性化で、感光性タンパク質(オプトジェネティクス)または光化学(ケージ)化合物を使用することにより、光を発生するニューロン発火を引き起こすことによって生じる発火パターン、またはニューロンを沈黙させることによって生じるパターンを操作することができる。このカルシウムイメージングと光活性化の組合せは、神経科学者達が単一セルの解像度によって神経回路の物理的な構造をマッピングし、ニューロン活動の時空間ダイナミクスを記録するための手段を提供している。ただし神経科学用の高度な顕微鏡無しでは、カルシウムイメージングと光活性化の利点を現実のものにすることはできない。
 共焦点顕微鏡は生物学のコア技術となってきたが、神経科学のための使用を妨げる根本的な制限がある。第1の制限はサンプルをレーザでラスタースキャンしてピクセルごとのイメージを構築するため、結果が出るのが遅いことである。3Dボリューム内の任意の場所へ励起光を並列化する機能無しでは、複数細胞の発火パターンを同時にモニターすることは不可能だ。複数細胞の発火パターンを同時にモニターすることは、神経回路の接続をマッピングするためおよび回路のダイナミクスを理解するために重要である。
 第2の制限は2次元イメージングで、神経回路の研究には不適切である。これはニューロンの小さいサブセットの研究を制限し、神経科学者がマッピングし理解しようとする回路の範囲を制限してしまう。第3の制限は、アウトフォーカスの蛍光の放出をブロックするピンホールと1光子励起の共焦点顕微鏡のカップリングである。皮質内のニューロンのようにサンプルを強く散乱させて蛍光を吸収しても深さが些細な場合、結果として低信号しか得られない。
 2光子顕微鏡は、ピンホールを必要とせずにサブミクロンの横方向と軸方向の励起を閉じ込めることができるので、長波長の場合も同時に散乱を最小限に抑えられる。2光子顕微鏡を空間光変調器(SLM)と一緒に使用すると、光活性化のための並列励起および体積画像処理用の並列励起が可能である。SLMはマイクロミラーアレイやシリコンに液晶(LC)をコーティングしたLC変調器を含むさまざまな形態をとることができる。
 2光子顕微鏡において、マイクロミラーアレイはピクセルがニューロンに反射光を照らすことで励起をオンにし、そしてピクセルが反射光を消すことでブロック(オフ)するようにサンプルにイメージさせる。これは細胞体を照らすための簡単な方法である。マイクロミラーアレイは、現代の神経科学における応答時間の要求をはるかに上回る20kHz程度の応答時間を提供している。ただしマイクロミラーアレイは位相変調器ではなく振幅変調器であるため、3Dボリュームで活動するためのレンズ関数を生成することは不可能である。またサンプル内の希望する焦点位置に反射光がリダイレクトするようにすることはできない。
 これらの制限は、2光子顕微鏡でLC-SLMを使用することによって克服できる。このSLMは励起ソースの波面を操作するプログラム可能なレンズとして機能する。最も単純な形ではSLMはプログラム可能なプリズムとして使用できる。水平シフトを使用して1つの焦点に光をリダイレクトする。このプリズム機能を一緒に追加して、SLMは2次元平面内で複数の焦点ポイントを作成することに使用できる。さらに重み関数とレンズ機能を追加して、SLMは3Dボリューム内に強度をプログラムして何百もの焦点ポイントに光をリダイレクトすることができる(図1)。
 2光子顕微鏡において、LC-SLMは高速ボリューム回路活動(7)の量を記録する高速ボリュームイメージングと同様に、光活性化としてマルチサイト3次元スキャンレス励起を有効にする(2)〜(6)この組合せ(2光子顕微鏡とLC-SLM)は、神経科学者が体内研究において皮質の奥深くを研究し、神経回路の物理的な構造をよりよく理解するためのツールボックスを提供してくれる。つまりニューロン発火パターンとの関連、外部刺激と結果として生じる行動、どのようにして神経障害が生じるに至ったかの経緯等の物理的な構造を理解することができる。

図1

図1 3Dボリューム内に数百の焦点ポイントを同時に作成して任意の場所へ光をリダイレクトする荷重関数を使ったグレーティング格子機能とレンズをスーパーインポーズするために空間光変調器(SLM)が使用されている。単一ビームの入射波面を操作することによって空間光変調器(SLM)を機能させることができる。これは米メドラークオプティクス社(Meadowlark Optics)光学系の基本である。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2019/05/034-037_spatial_light_modulator.pdf