SRSにおける進展がシングルセルの代謝イメージングのブレークスルーを誘導する

バーバラ・ゲフェルト

非侵襲的でラベルフリーな技術である誘導ラマン散乱(SRS)によって、重要な発見やツールが可能となっている。

ラマンイメージングは、生物試料を傷つけることなく、研究者が試料を染色する必要がない、非侵襲的な技術である。このアプローチでは、組織をラスター走査するために励起レーザを用い、その成分の分子結合の分光学的特性に基づいて化学組成を決定する。この情報を用いて、ラマンイメージングは試料のポイントごとに3D描写する。
 従来のラマン分光法は素晴らしく特異的な化学分析をもたらす一方で、極端に弱いシグナルには限界がある。その場合には、高濃度な試料、そして数分から数時間という多くの時間を必要とする。
 米ハーバード大(Harvard University)のサニー・シェ氏(Sunney Xie)のグループの開発によって、誘導ラマン散乱(SRS)が、微弱で自然発生するラマンシグナルを1万倍以上に増幅させることで、標準的なラマン技術を改良する。これにより、ビデオレート(30フレーム/秒)な化学的なイメージングが可能となる。

DO-SRSが代謝産物の進行を明らかにする

SRSはさまざまな段階で開発されており、生きた細胞内の活動を描くなど、興味深い科学を可能としている。米コロンビア大(Columbia University)の研究者は最近、DO­SRSという、個々の細胞内の変化を追跡するために、SRSベースの新たな拡大手法であるDO­SRSを報告した。SRSに、化学トレーサーであるD2O(重水)を組み合わせることで、代謝活動の可視化を可能とした(1)。
 D2Oは、通常の水にある水素原子を重水素に置き換えたもので、通常の水のように振る舞い、少量なら摂取しても安全である。D2Oはin vivo(生体内)で細胞によって代謝され、新たに産生されるタンパク質や脂質、DNAに取り込まれる。炭素とともに、重水素は化学結合を形成し、研究者が発見したように、照射したときにさまざまな周波数で振動する。こうして、タンパク質、脂質、DNAといった高分子を同定でき、周波数特性を用いて、脳、皮膚、その他の臓器におけるin vivo での増加も追跡できる。
 D2Oは、以前は代謝性変化を追跡するためにタンパク質や脂質をラベルするのに使われていたが、これらの手法では多くの分光計と、体から細胞を大量に抽出する必要がある。新たな手法では、細胞内の変化をリアルタイムに、in vivoで可視化できる。以前は細胞内のダイナミクスのスナップショットしか得られなかったが、今では「生きた動物細胞の内部で何が起きているのか、連続的な画像を得ることができる」と、共著者であるポスドク研究員のリンヤン・シー氏(Lingyan Shi)は言う。「新たなタンパク質、脂質、DNA分子が、いつ、どこで作られるのかを追跡することで、動物がどう成長し、加齢し、そして怪我や病気のときにどう悪化するのか、より多くのことを知ることができる」と、この研究の上席著者であるウェイ・ミン化学教授(Wei Min)は述べる。
 この技術の将来的な応用には、腫瘍の切除、そして頭部損傷、成長・代謝異常の発見を迅速かつ正確に行うことが挙げられる。
 試験では、通常の水とD2Oの混合物を線虫、マウス、ゼブラフィッシュの胚に投与し、さまざまな組織で新たに重水素ラベルされたタンパク質、脂質、DNAが産生されるのを、SRSレーザを照射して数時間から数日にわたって観察した。実験により、健常組織とがん性組織の差の詳細な描写など、興味深いかつ有用な応用が明らかにされた。ある実験では、マウスの脳と大腸におけるがん性細胞の分裂を観察し、タンパク質と脂質が重水素を取り込み、腫瘍の周囲に明るいラインが現れることを観察した。これにより、「腫瘍をより容易に切除できる」とシー氏は言う。
 実験により、細胞発生と老化に関する多くの知見も得られた。例えば、高齢の線虫ではタンパク質の凝集が観察されたことから、DO­SRSイメージングはタンパク質沈着に関わる、加齢に伴う疾患の追跡に利用でき得る。また、仔マウスの脳発生では、各細胞の周囲にミエリン鞘と呼ばれる絶縁性の脂質層の形成が観察された。この新たな技術により、子どもの適切な脳形成を追跡できるだけなく、脳のミエリンが攻撃されて情報フローが阻害される疾患である多発性硬化症 患者の発見にも貢献できるかもしれない。

体積イメージングのSRP

コロンビア大の研究は、先端研究に向けてSRSを活用する唯一の最新研究である。他の研究者は、別のSRSベースの技術を開発している。米パデュー大(Purdue University)のジーシン・チェン氏(Ji­Xin Cheng)のチームは、卵巣がん幹細胞(CSC)には非常に高レベルの不飽和脂質が含まれていることを明らかにするために、ハイパースペクトルSRSを用いた研究を率いた。そして、この特徴はそれらの細胞のマーカーのみならず、CSC特異的療法の標的となる得ることを示した(2)。現在、米ボストン大(Boston University)フォトニクス・光電子工学のムスターカス主席教授であるチェン氏(Cheng)は、化学種を分析する体積イメージング技術である誘導ラマンプロジェクション(SRP)の開発を続けている(3)。

(もっと読む場合は出典元へ)
出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2019/01/lfwj1901ftbio_raman_spectroscopy.pdf