極薄でチューナブルな導電性酸化物ナノフィルムによる、ほぼ完全な広帯域吸収体の作成

アレクセイ・アノプチェンコ、ホー・ウエイ・ホワード・リー

極薄でチューナブルな導電性酸化物ナノフィルムは、フラットで非線形の磁気光学デバイス、チューナブルなメタマテリアルデバイス、ゼロインデックスの量子光学デバイスの分野において、多数の可能性を秘めている。

吸収率の高い極薄の光学フィルムは、集光技術や高分解能光学空間技術など、多数の光学分野で求められている。しかし、完全吸収(>99.9%)を達成するには通常、損失が大きく厚みのある複数の光学フィルム層が必要である。そこで、高度な機能を備える新しい極薄の光学フィルムの開発には、多大な関心が寄せられている。米ベイラー大(Baylor University)の筆者らのチームは、広帯域で電子的にチューナブルな応答を示す、極薄の完全吸収体の作成に使用できる、誘電率がゼロに近い(ENZ:Epsilon Near Zero)酸化物材料について研究している(1)。
 透明導電性酸化物(TCO:Transparent Conducting Oxide)は、可視域と近赤外域の周波数で高い透過率を示す半導体で、1019 ~ 1021cm­3の標準的な準中性領域の電荷キャリア濃度での、高濃度ドープが可能であるため、材料のキャリア濃度によっては、可視域または近赤外域において金属的な性質(負の誘電率など)を示す(図1)(2)、(3)。
 TCOは、金属的な性質を示す一方で、金や銀などの貴金属と比べて材料損失はかなり低く、プラズモニック/メタサーフェス材料の代替として大きな可能性を秘めている(4)。重要な点は、異なる作製手法、蒸着パラメータ、後処理技術を採用することにより、TCOのキャリア濃度が変えられることである。
 例えば、エリプソメトリ(偏光解析法)によって測定した、極薄の酸化インジウムスズ(ITO:Indium Tin Oxide)フィルムの複素誘電率(ε)は、スパッタリング温度によって変わり、ENZ(­1< Re(ε)r<1)周波数が異なり、材料損失の低い(Im(ε)I<0.5)材料を、筆者の研究室では日常的に作製している。ENZ波長は、さらに高いスパッタリング温度/アニーリングプロセスと電気 的ゲーティングを適用することで、可視波長へとさらに調整可能である。標準的な自由電子のドルーデ(Drude)モデルにより、ENZ波長周辺の複素誘電率を正確に表現することができる。
 興味深いことに、これらのTCOの ENZ性質は、近赤外域で一般的に観測することができる。ENZ状態で観測される特異な性質としては、TCOフィルムの吸収率の強化、光学アテナとの共振結合の向上、TCOスラブにおける非線形応答と光生成の著しい改善などが挙げられる(5)〜(7)。また、電気的チューニングによって導電性酸化物材料をENZ状態にすることにより、光効率的な操作と変調が可能になる(8)。 TCOのこの特殊なENZ光学領域を利用して、極薄かつチューナブルで広帯域の完全吸収体コーティングを開発した。

図 1

図 1 RFスパッタリング時の温度を変えて作製したITO薄膜の誘電率の測定値。キャリア濃度、つまりENZ波長を、日常的に変更することができる。ドルーデモデル(赤色の曲線)は、波長の関数としての誘電率を表している。

図2

図2 RFスパッタリングによるサブ波長ITOナノ層におけるベレマンモードとENZモードの励起により、99.5%の吸収率が測定された。ベレマンモードは、15nmのITO薄膜層で47.6の入射角、ENZモードは、80nmのITO薄膜層で43.7°で測定を行った。

図3

図3 ベレマン(BM)モードとENZモードを持つ広帯域AZO吸収体の、クレッチマン-レーサー構造のTM波とTE波の反射率比の、シミュレーション結果(Sim.)と測定結果(Exp.)。AZO層の厚さは、AZO1、AZO2、AZO3の順に82、57、57nm。全内部反射の臨界角41.8°は、ENZ構成で観測できる。挿入図は、ベレマンモード構成とENZモード構成の構造図である。この図は、シミュレーション結果と測定結果が十分に一致していることを示している。

TCOナノ層におけるENZモード

筆者らは、滑らかで極薄(<100nm) のTCOフィルムと、アルミニウムドー プ酸化亜鉛(AZO:Al­doped ZnO)とITOなどの複層を、高温における原子層堆積(ALD:Atomic Layer Deposition)と無線周波数(RF:Radio Frequency)スパッタリングによってそれぞれ成長させた。近赤外域におけるTCOナノ層のENZ周波数は、成長温度、化学前駆体の割合、ALD単層の数などによって制御される。
 極薄のENZ層は、放射性のベレマン(Berreman)モード(光線の上)と、制限されたENZポラリトンモード(光線の下)を持つ(9)。金属薄膜の表面プラズモンポラリトンモードと同様に、TCOナノ層のENZモードは、減衰全内部反射(attenuated total internal reflection)、または、入射角を臨界角よりも大きくしたクレッチマン­レーサー(Kretschmann ­Raether)構造で、励起できる(図2)。
 ポラリトンモードの励起により、厚さが約λENZ/100のTCOナノ層内に閉じ込められた電界が強化され、光学的局所状態密度が高まり、光吸収が強くなる。完全吸収(反射率と透過率がゼロ)は、波長、厚さ、角度の値が臨界モード結合の条件を満たすと生じる。

ALD成長のAZO広帯域吸収体

ALDを用いてAZOナノ層を成長させると、その厚さとENZ波長をきめ細かく制御できる(10)。AZOナノ層の表面にも、共形複層堆積に望ましい滑らかさが得られる。ENZ周波数を変えてAZOナノ層を積層することにより、近赤外域の吸収率が90%を超えるALD成長の広帯域ENZ吸収体を設計し、作製した(11)。各AZOナノ層の厚さとENZ波長は、堆積サイクルの数と、ジエチル亜鉛H2OとトリメチルアルミニウムH2Oの堆積比を変えることによって制御される。
 原型的な広帯域吸収体を構成する3つのAZOナノ層である AZO1、AZO2、AZO3の堆積比は、それぞれ20:1、35:1、30:1である。AZOナノ層の複素誘電率は、対照試料に対する分光エリプソメトリによって測定した。誘電率がゼロになるのは、AZO3、AZO2、AZO1でそれぞれ波長が1497、1571、1700nmの場合である。広帯域吸収体の吸収帯域幅は、デバイスを構成するAZOナノ層のENZ波長、厚さ、数によって異なる。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2018/11/p24-26_ft_thin-film_coatings.pdf