赤、緑、さらには青色領域へと拡大する可視光ファイバレーザ

ジョン・ウォレス

周波数二倍化、周波数結合、ラマンシフトにより、近赤外ファイバレーザで科学や産業用の可視光を生成することができる。

可視波長のファイバレーザ(可視光ファイバレーザと呼ばれることが多い)はこの10年間で、商用レーザ分野における存在感を確立した。しかし、何をもって可視光ファイバレーザというのか。この疑問は興味深いものである。なぜなら実際には、レージングファイバそのものの中から目に見えるレーザ光を生成するファイバレーザなど、市場に存在しないためである。
 ただし可視光は、外部で周波数を変換すること(たとえば、ラマンシフト、周波数二倍化、和周波混合、またはそれらの組み合わせ)によって、近赤外線(near-IR)を照射するファイバレーザから得ることができる。本稿では、これを可視光ファイバレーザの定義とする。レーザダイオードからの光をゲインなしのファイバに結合させるダイレクトダイオードレーザは、この定義に含まれないことに注意してほしい。
 可視光ファイバレーザは、連続波(CW:Continuous Wave)またはパルス波で、低出力のものから100W以上を出力するものまでがあり、科学や産業(特に材料加工)から一般的なレーザ用途にいたるまでのさまざまな分野に用途がある。

科学と医療のためのレーザ

可視光ファイバレーザ技術の起源は、こうしたデバイスを製造する企業と同じくらい多種多様である。たとえば、カナダのMPBコミュニケーションズ社(MPBC:MPB Communications)は、ラマン増幅サブシステムを光ファイバ通信業界に供給している。2001年、テレコムバブルがはじけたとき、MPBC社は市場の多角化を図った。ラマン技術を保有していたので、ファイバレーザの分野は自然な方向だったと、可視光ファイバレーザの事業開発を担当するクローデット・リントン氏(Claudette Linton)は言う。
 「MPBCの通信用ラマンファイバレーザを、今は偏波保持ファイバとコンポーネントを使用して再生し、シングルパスの周期的分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN:Periodically Poled Li thium Niobate)二次高調波発生器によって、基本のファイバレーザ波長の周波数を二倍化して可視域にすることができた」とリントン氏は述べた。「この単純明快な周波数二倍化手法を活用することにより、ファイバレーザの卓越したビーム特性を損なわずに済む」(リントン氏)。
 リントン氏によるとMPBC社は、波長560nmの初めての可視光ファイバレーザを、2006年のSPIE Photonics Westで発表したという。同レーザは直ちに、米国立衛生研究所(NIH:National Institute of Health)の国立がん研究所(NCI:National Cancer Insti tute)のウィリアム・テルフォード氏(William Telford)によるフローサイトメトリー応用に採用された。MPBC社社内のファイバブラッググレーティング(FBG:Fiber Bragg Grating)設備によって、同社は、手法を簡単に改変して、特定の要件に応じて新しい波長を生成することができる、とリントン氏は言い添えた。MPBC社は現在、可視光ファイバレーザを、応用分野のニーズに応じて、488〜775nmの26の商用波長と0.2〜5Wの出力で製造している。
 MPBC社のレーザは現在、誘導放出抑制顕微鏡法(STED:stimulated emission depletion)、ゲート付きSTED、確率的光学再構築顕微鏡法(STORM:sto chastic optical reconstruction micro scopy)、光シート顕微鏡法などの商用の超解像度顕微鏡法システム、フローサイトメトリー、DNAシーケンシング・プラットフォームに組み込まれていると、リントン氏は述べた。現在までに累積実行時間は5万時間を超えており、ファイバレーザ技術の信頼性を示しているという。
 同社は、米アルベルト・アインシュタイン医科大(Albert Einstein College of Medicine)解剖学構造生物学部のヴラディスラフ・ヴェルクーシャ氏(Vladislav Verkhusha)、ノーベル賞受賞者で独マックス・プランク研究所(Max Planck Institute)に所属するシュテファン・ヘル氏(Stefan Hell)、同じくノーベル賞受賞者で米ハワード・ヒューズ医学研究所(HHMI:HowardHughes Medical Institute)に所属するエリック・ベツィグ氏(Eric Betzig)といった研究者らと連携した。こうした研究者らが求める波長は、ダイオード技術では達成や出力調整が難しい場合が多かった。たとえば、ベツィグ氏は2017年、新しい光シート顕微鏡法プラットフォーム用に、607nmの波長と1Wの光出力を求めた。半導体励起固体(DPSS:Diode Pumped Solid State)レーザでは、この用途に必要な出力レベルが達成できず、高出力の光励起半導体レーザ(OPSL:Optically Pum ped Semiconductor Laser)では、この用途に必要なビーム品質が提供できなかった。リントン氏によると、MPBC社は短期間のうちに、波長607nmで出力が1W以上、ビーム品質M2が1.1未満のファイバレーザの設計とテストを行い、出荷を開始したという(図 1)。
 ベツィグ氏は、607nmの波長で輝度と光安定性の高い蛍光タンパク質mCardinalを最適に励起したいと考えていた。mCardinalは、mAppleやtdTomatoなどの橙赤色の蛍光タンパク質とは、スペクトル的に十分に隔離されているので、光毒性の低い赤色波長での2色イメージング(橙赤色と深赤色)が可能となるほか、緑色の蛍光タンパク質を含めた3色イメージングも可 能 と な る。このレーザは現在、HHMIでテストされており、HHMIと連携して作業に取り組む協力組織に提供されている。
 MPBC社は、同社の可視光ファイバレーザの製品ラインを拡大し、原子冷却/ホログラフィ/ガイド星レーザに用いられる高出力単一周波数のファイバレーザおよび単一周波数のラマンファイバ増幅器、STEDに用いられる高出力サブナノ秒パルス可視光ファイバレーザを追加している。「超解像度顕微鏡法は、当社が初めて着手したときは新しい手法だった」とMPBC社社長のジェーン・バチンスキー氏(Jane Bachynski)は述べた。「今では顕微鏡法を扱うすべての主要企業が、可視光ファイバレーザの性能によって実現された、独自の超解像度プラットフォームを保有している」(バチンスキー氏)。

図1

図1 この高出力の 607nm可視光ファイバレーザは、蛍光タンパク質mCardinalの励起に用いられる(a)。レーザのビームプロファイルによると、M2は 1.04未満で、実質
的に非点収差はない (b)。(提供:MPBコミュニケーションズ社)

特殊ファイバで、可視放射範囲を青色領域まで拡大

仏アズールライト・システムズ社(Azurlight Systems)のセールスおよびマーケティング担当ディレクターを務めるピエール・レイグ氏(Pierre Laygue)によると、同社は、基本となる赤外線(IR)ファイバレーザの周波数を二倍化することによって、可視波長ファイバレーザの設計と製造を行っているという。イッテルビウム(Yb)のゲイン帯域幅を976nmまで拡大(従来の下限は1030nm)した、特定の特殊ファイバが開発されている。これによって同社は、可視波長範囲を光スペクトルの青色領域まで拡大することに成功している(図 2)。
 「変換は、特定の結晶内でシングルパス構造で行われ、IRの波長と出力に合わせて最適化された結晶長と技術によって、変換効率が最大化されている。シングルパス構造により、IR光のすべての主要な性質(堅牢な単一周波数動作、ショットノイズに近い強度ノイズ、完璧なモード品質、卓越した指向安定性)が維持できる」とレイグ氏は述べている。

図2 この青色発光(488nm)ファイバレーザは、アルゴンイオンレーザの代替としての役割を果たす。周波数を二倍化した短い波長は、基本のIRファイバレーザに使用される特殊ファイバにより、イッテルビウム(Yb)のゲイン帯域幅を976nmまで拡大することによって実現されている。(提供:アズールライト・システムズ社)

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2018/09/p26-29_pp_fiber_lasers.pdf