波長193nmエキシマレーザによる、バイオポリマーのアブレーション加工

アブドゥルサッタル・アエサ、クリストファー・ウォルトン、ラルフ・デルムダール

最近、深部組織へのレーザ照射による新しい医療施術などに用いる、生分解性ファイバや光導波などの部品製造の一環として、バイオポリマーを用いた基板やフィルムへの精密微細加工やパターニングに対する関心が非常に高まっている。しかし、バイオポリマー材料は、熱に弱いため、その微細構造の作製は容易ではない。本稿では、コヒレント社の発振波長193nmエキシマレーザによる、キトサンポリマーの微細構造の作製結果を紹介する。

バイオポリマー医療光学デバイスとしての可能性

バイオマス由来で生分解性のポリマーは、経時とともに自然に体内に吸収(生体吸収)されるため、古くから医療分野で使用されてきた。その性質は、除去による合併症を回避し体内に留置することが必要な施術に、非常に適している。最も古くから行われている最も簡易な例は、体内の傷口をふさぐための生体吸収性縫合糸に用いられるファイバ(繊維)である。もっと最近では、こうした種類のポリマーを、ファイバや導波路といった生体吸収性の光学部品として利用することに対する関心が特に高まっている。目的は、治療効果のあるレーザ光を深部組織まで届けられるようにすることである。そのようなニーズが生じるのは、光が人体組織においては強く吸収/拡散され、侵入深さは通常数mmか、波長によってはわずか数μmにとどまってしまうためである。その結果、レーザは、真皮と真皮下を対象とした美容施術などでは主流の手段であるにもかかわらず、内部組織の切断にはそれほど広く採用されていなかった。
 このような侵入深さの制限から、ファイバによる深部への到達は、新しいレーザ手術法を開発する上での重要な課題となっている。たとえば、米コヒレント社(Coherent)の新しい波長2μmのツリウムレーザは、ガラスファイバを介して伝搬可能で、到達困難な場所にできた神経腫瘍を対象とする微小手術への適用に向けてすでに研究が行なわれている。
 生体吸収可能なデバイスで光を深く供給することができれば、レーザを繰り返し照射する必要がある処置などへの適用も含め、レーザによる施術の可能性が大幅に拡大する。たとえば、最近公表されたある研究では、光化学的組織結合(PTB:Photochemical Tissue Bonding)と呼ばれる、ポリ乳酸系のバイオポリマーで作製した平面導波路を用いて、豚の皮膚表面の深い傷口(10mm以上)を縫合できることが示されている。

ガラス上にスピニングしたキトサンフィルム

キトサンは、エビなどの節足動物の殻から作られる透明ポリマーである。天然ポリマー(β-1,4結合の2-アミノ-2-デオキシ-D-グルコース)として、ドラッグデリバリー、抗菌処置、再生医療などの医療用途に利用されている。ナノインプリント・リソグラフィ、イオンビーム・ミリング、レーザアブレーション加工など、多数の手法がキトサンのパターニングに適用されている。また、複数の文献において、導波路や回折格子といった光学構造作成の成功例が報告されている。
 キトサンをベースとする埋め込み可能な光学デバイスの商用生産に、レーザアブレーションを利用する場合は、レーザと材料の相互作用を十分に理解し、用途に応じてプロセスを最適化し、適切なプロセスウィンドウを確立することが絶対不可欠である。キトサンは透明で可視域の光を吸収しないため、レーザアブレーションは紫外域のレーザ光源で行う必要がある。しかし、KrFエキシマレーザの248nm出力を用いて、キトサンのレーザアブレーションを行った事例では、やや限定的な結果しか得られていない(248nmのレーザアブレーションでは、好ましくない発泡が生じることが明らかになっている)。ここでは、193nmのエキシマレーザの深紫外(DUV:Deep UV)パルス光とキトサン薄膜の相互作用について、実際のデータと総合的な理論的解析を含めた詳しい研究結果を報告する。この研究では、レーザ送達デバイスで必要となる、格子状パターンの作製も行った。
 さまざまな形態(フィルムや球状など)のキトサンを生成するための多数の手法が存在する。本研究では、ソーダ石灰ガラスのスライド上に薄膜を作るための確立した手段であるスピンコーティング法によって作成された試料を使用した。スピン処理は、500nm ~10μmのさまざまな厚みでフィルムを生成できるように調整した。フィルムは、レーザアブレーション実験に先立ち、慣例に従って空気乾燥させた。
 アブレーション装置は図1に示すように、193nmの波長で照射するコヒレント社の「LPF202」エキシマレーザをベースとしている。レーザ出力を、2枚の回転プレートを備える減衰器(独メトロラックス[Metrolux]社製「ML2110」)に通すことにより、レーザのフルーエンスを制御した。ステンレス鋼製の直径2mmの円形オブジェクトマスクを、整形前の生レーザビームの均一部分に配置し、アパーチャは、1:10の減少比でキトサンの自由表面に結像されるよう調整した。そして表面計測用に、走査型電子顕微鏡(SEM:Scan ning Electron Micro scope)と白色光干渉計(WLI:White Light Interferometer)を使用した。
 ここでは、これまでほとんど研究事例が報告されていない193nmの波長におけるレーザとキトサンの相互作用を包括的に検証し解析することを目的としている。たとえば、深紫外波長におけるキトサンのアブレーションについては、そのしきい値さえもこれまで報告されていない。その193nmのエキシマレーザ光が、今回複数の理由から非常に有望なアブレーション光源であることが明らかになった。まず、短波長により回折が最小限に抑えられるので、高い空間分解能での基板のパターニングが可能である点。加えて、溶融シリカのスライド上にスピニングしたキトサンフィルムについて、紫外・可視域(VIS-UV)の吸収スペクトルを測定したところ、波長が225nm以下になると吸収が急激に増加することが確認されたことである。吸収が高いと侵入深さが浅くなるため、これらのフィルムにアブレーションする任意の形状に対して、最大限の深さ制御が得られる。3つめに、ArFレーザのパルス幅(11.5ns)は、熱や圧力による損傷を与えることなく、キトサンのアブレーションが可能であることが示されている。

図1

図1 本稿で紹介する、193nmエキシマレーザによるアブレーションの研究に使われた、レーザビームデリバリシステム。(資料提供:アブドゥルサッタル・アエサ、クリストファー・ウォルトン/ハル大)

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2018/09/p22_ft_coherent_WP.pdf