フェムト秒レーザと非線形光学:眼科に古くから存在する問題を解決するための新しいアプローチ

ウェイン・H・ノックス

超高速レーザ微細加工における非線形作用によって、眼科用材料(または角膜そのもの)の屈折率を直接変化させる、侵襲性の低い視力矯正手法を紹介する。

1200年代半ば頃に視力矯正のためのメガネの使用が初めて記されて以来、科学者たちは人間の視力を矯正するためのより良い方法を探し続けてきた。レーザが発明されると、レーザの光に物質を傷つける作用があることが直ちに発見された。実際、そうした発見から、レーザ微細加工や非線形光学の分野が生まれたのは1960年代初頭のことである。
 短パルスレーザによる損傷は、迷惑な現象であり、システムを制約する要因としてかつてはみなされていたが、今では研究や開発のほか、無数の応用分野におけるきわめて重要な領域へと発展している。眼科業界が特に関心を
寄せているのは、透明材料に対するフェムト秒レーザによる微細加工の適用である。シリカガラスに対するレーザパルス幅などの特性の影響を体系的に調査した初期の研究(1)が発端となって、フェムト秒レーザによる微細加工を有効な手段に転換するための取り組みが進められるようになった。
 さまざまな材料に対するフェムト秒微細加工の原理を説明する優れた文献は多数存在するが(2)、本稿では、このプロセスの眼科用材料への適用、より具体的には、局所的な屈折率の改変を特に取り上げる。3次元での局所化は、材料の透過範囲でフェムト秒レーザを使用する場合に生じる多光子吸収過程の非線形性の結果として得られる。励起と書き込みの処理に対して慎重なキャリブレーションと制御を適用することにより、人間の視力矯正に対する新しいアプローチを実現することができる。
 1999年に、フェムト秒レーザが角膜フラップの微細加工に使えることが示された。2 ~ 4μJの範囲のレーザパルスを角膜の実質部分に照射する。それによる角膜の構造的変化を、フラップを開くために使用するか(その後、エキシマレーザによって組織を蒸散させる。この処理をLASIK[laser-assisted in situkera tomileusis]と呼ぶ)、レンズ状部分の作成に使用する(この部分は、SMILE[small incision lenticule extraction]と呼ばれる処理で抜き取ることができる)(3)。より高い精度と制御でのフラップ切開が可能なフェムト秒レーザは、眼科業界においてそれ以前に使われていた機械的なブレードであるマイクロケラトーメに代わって、急速に採用されるようになった。
 LASIKは画期的な治療法だったにもかかわらず、何らかの屈折矯正が必要な人のうち、実際にLASIK手術を受けた人の割合がこれまでのところ約2%にとどまっているというのは、注目に値する。組織を切開しない低侵襲性の手術方法が求められているのは、明らかである。
 フェムト秒微細加工は一般的に、切断、穴あけ、蒸散など、材料の構造を大きく改変することを目的とするものだが、一定の材料損傷しきい値を下回る範囲で動作しつつ、局所的に屈折率を変化させることが可能であることが、いくつかの事例によって実証されている。たとえば、十分な制御の下で屈折率を少しだけ変化させることによって、ガラスブロック内に導波路を直接書き込むことができる(4)。ナノジュール程度のわずかなパルスエネルギーを生成するレーザ発振器だけで屈折変化が達成できることも、その後明らかにされている(5)。
 こうした背景や動機の下、筆者は2003年、フェムト秒レーザ発振器によって、さまざまな眼科用材料の材料損傷しきい値を下回る範囲で、純粋に屈折率を変化させる方法を調査し始めた。まずは、眼内レンズやコンタクトレ
ンズの作成に一般的に用いられる眼科用ハイドロゲルを対象に研究を進めるなかで、多様なレーザ書き込み条件の下で、かなり高いレベル(最大±0.06)の屈折率矯正が実際に書き込み可能であることが明らかになった(6)。現時点で、人間の視力矯正に対する少なくとも3つの主要な適用分野が判明している。

コンタクトレンズ

業界では絶えず、より汎用的で新しい機能を備えるコンタクトレンズを、より低いコストで製造するための新しい方法が模索されている。コンタクトレンズメーカーが、十分に正確な度数段階で処方されたレンズを提供するに
は、2万種類を超えるレンズを在庫しておかなければならず(球面度数、乱視度数、乱視軸度のさまざまな組合せ)、そのそれぞれに専用の工具と長い設計サイクルが必要になる。筆者らは、位相ラップされたフレネルタイプの屈折矯正器を、商用コンタクトレンズに使われているようなハイドロゲルに書き込むことにより、高品質の視力矯正器が形成できることを発見した。臨床試験により、カスタムメイドの視力矯正に対する多大な可能性が示されている(7)。
 米ジョンソン・エンド・ジョンソン社(Johnson & Johnson)の市販コンタクトレンズ「Acuvue2」に書き込まれたそのような構造の1つでは、十分に大きな屈折率変化が生じて、完全に2πの位相ラップされたフレネル構造が形成されている。しかし、その構造からの反射率は非常に小さく、確認や撮影は難しい(図1)。平面(度の入っていない)コンタクトレンズに書き込んだ場合のこのフレネルレンズの測定度数は、+2.0ディオプター(+2.0D)で、このような構造を-9.5 ~ +5Dの範囲でハイドロゲル材料に書き込み可能であることを筆者らは示した(7)。
 多焦点で特殊用途のカスタマイズされた新しい種類のコンタクトレンズの設計や、コンタクトレンズの製造そのものを大きく変える可能性については、多大な関心が寄せられている。屈折率変化の効果は実質的に永久で、高い画像品質を保ちながら少なくとも5年間は維持されることが確認されている(図2)。

図1

図1 +2.0Dフレネルレンズの単焦点屈折矯正器を彫り込んだコンタクトレンズ「Acuvue2」を、ガラス製の人工角膜上に配置し、そのパターンを撮影した。

図2

図2 米国空軍によって規格化された解像力テストターゲットを、ハイドロゲルのフラット基板を通して撮影したもの(a)と、ハイドロゲルのフラット基板に書き込まれた+1.5Dのフレネルレンズを通して撮影したもの(b)。高い画像品質が示されている。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2018/05/ft2_nonlinear.pdf