テラヘルツイメージング:応用分野を模索する技術

ヴィアチェスラフ・M・ムラヴェフ、ゴンボ・E・ツィディンジャポフ、イゴール・V・ククシュキン、イアン・マクニー、ウラジミール・G・コズロフ

がん診断やセキュリティ検査の分野では勢いを失っているものの、テラヘルツイメージングは引き続き、農業や産業の複数の分野をターゲットに開発が進められており、それらの分野でようやくテラヘルツ装置ベンダーに利益をもたらす可能性がある。

0.1 ~ 3.0THzの周波数で動作し、3.0 ~ 0.1mmの波長範囲に対応するテラヘルツ光源の最初の進歩は、1970年代にさかのぼる。当時登場したのが、0.1 ~ 0.3THzで最大100mW、それ以上の周波数で最大1mWの電力を生成する後進波発振器(BWO:Backward Wave Oscillator)という真空電子デバイスだった。さらにコンパクトで信頼性の高い固体テラヘルツ電子デバイスが1990年代に開発され、現時点で同等の性能を備えるが、それよりも高い出力レベルの達成は、いまだ課題として残るままとなっている。
 1990年代には、超高速レーザによるテラヘルツ波の生成に基づく時間領域のテラヘルツ技術が開発され、テラヘルツイメージングの可能性が再び脚光を浴びることとなった。この手法によって生成された皮膚がんの画像は、医療分野でのテラヘルツ技術の活用に高い期待感を抱かせたが、進展はいまだ遅いままである。テラヘルツ波は水に強く吸収されることから、細胞組織への浸透深さはせいぜい1mmまでに制限される。また、時間領域テラヘルツイメージングでは、1度に1ピクセルからデータが取得されるため、サンプルのラスタースキャンが必要で、これがリアルタイム診断に向けたもうひとつの課題となっている。
 その次にテラヘルツイメージング技術が脚光を浴びたのは、カナダINO社とNECが2005年頃に開発したマイクロボロメータ検出器アレイによって、ビデオレートのテラヘルツイメージングが実現されたときである。マイクロボロメータをベースとするテラヘルツカメラは、中赤外(mid-IR)スペクトル範囲用に開発された技術を活用したものだったが、低周波におけるそれらのデバイスの感度を改良して、1THzまでを達成した。
 中赤外量子カスケードレーザ(QCL:Quantum Cascade Laser)の性能をテラヘルツ範囲まで拡張することにより、QCLを利用したテラヘルツ光源が開発されたのも2005年頃で、スペクトル範囲の面で、マイクロボロメータベースのテラヘルツカメラ用に完璧であるように思われた。こうしたデバイスを組み合わせることは確かに、さらに高出力の極低温冷却QCLによって2.8THzを超える周波数で十分に高いコントラストを達成するビデオレートのテラヘルツイメージングを実現するための実行可能な解決策だった。しかし問題は、それだけ高い周波数ではほとんどの材料の透過率が低下すること、また、先ほどと同様に、水吸収率が非常に高くなることにある。
 テラヘルツ技術が進歩しても、QCLと極低温冷却のコストが高いことが、応用分野開拓の妨げとなった。また、他のあらゆるフォトニクス技術と同様に、テラヘルツイメージングをめぐる開発活動には浮き沈みがあり、製品開発は現在、控えめな状態にある(図1)。
 2015年には、時間領域テラヘルツシステムの主要メーカーの1社だった米ゾメガ・テラヘルツ社(Zomega Terahertz)が事業を廃止し、他の複数のベンダーが人員を削減した。しかしこの状況は改善されつつある。

図1

図1 テラヘルツ関連の技術開発と製品開発のサイクルを示したグラフ。(提供:マイクロテック社)

災害救助におけるテラヘルツの応用

テラヘルツ製品開発者にとっての機会はこれまで、災害とともに訪れることが多かった。最初に訪れたのは、2001年9月11日の悲劇的な事件である。空港のセキュリティスキャナにテラヘルツイメージ装置が適用できるかもしれないという期待から、2002 ~ 2010年には多額の政府補助金が投じられたが、その分野で最終的に選ばれたのは、高周波数マイクロ波イメージング技術だった。
 多くの空港に現在、20 ~ 30GHz(波長15 ~ 10mm)の信号源と検出器を利用するミリ波スキャナが備えられており、搭乗者の3次元(3D)画像を生成して隠し持っている物体を検出する。これらのスキャナの次世代版には、80 ~ 90GHzの技術が採用される可能性が高く、テラヘルツ範囲にさらに近づく見込みである。無線通信というはるかに大規模な市場でミリ波技術が利用されたことが、技術開発に対する投資の拡大と、製品コストの低下につながった。
 忘れもしない2つ目の出来事は、2003年のスペースシャトル「コロンビア号」の事故である。宇宙探査機の機体に対する断熱材の接着に欠陥があったことが原因とされている。テラヘルツイメージングは、その後のミッションの安全性を確保するための診断ツールの1つとしてNASAによって導入された。このプロジェクトにおいてコストは問題ではなく、米ピコメトリクス社(Picometrix)は、数台の時間領域スキャナをNASAに供給した。断熱材はテラヘルツ範囲における透過性が非常に高く、このケースにおいてテラヘルツイメージングは、X線や超音波画像装置を補完する実行可能な技術だった。
 時間領域テラヘルツイメージングシステムを開発する企業は、産業プロセスや製品品質管理の分野でそれを上回る成功を収めたが、X線や超音波イメージングとの競争は激しい。確立されている技術ほど、価格と信頼性の面で勝る傾向にある。そのため、テラヘルツシステムの方が性能が高い場合が多いとはいえ、顧客は、より実証された手法を選択する傾向が高く、新しい技術を扱うことによるリスクを負うことを望まない。
 災害以外にも、農業や産業分野におけるテラヘルツイメージングの需要は高まりつつあるようだ。技術開発も引き続き着実に進歩している。ビデオレートのイメージングに対する2つの新しいアプローチとして、プラズモン検出器の2次元(2D)アレイと、テラヘルツ画像を近赤外(near-IR)領域にアップコンバートする方法がある。ほかのスペクトル帯域では成し遂げられなかった、目に見えない世界を明らかにすることができる。

プラズモン検出器とアップコンバージョンイメージング

半導体アルミニウムガリウムヒ素/ガリウムヒ素(AlGaAs/GaAs)ナノ構造の純度が近年高まったことで、スペクトルの光学領域におけるプラズモンの概念を、マイクロ波帯やテラヘルツ帯に適応させることが可能になっている。残念ながら、標準的な2次元プラズモンが観測できるのは、その周波数がω >1/τの場合のみである。ここで、運動量緩和時間τは基本的に、温度の上昇とともに短くなる。したがってプラズモン効果は、周波数が十分に大きく温度が十分に低い場合のみ観測される(1)。
 実際、f<500GHzの応用分野で有用 な周波数における2次元プラズマ波は、 T<80Kの極低温度でしか観測されていない(2)。この事実は、プラズモンエ レクトロニクスにおけるテラヘルツ応 用の進歩に対する深刻な妨げとなって いる。
 この制約を回避するための1つの方 法が、相対論的プラズマの励起を利用 することである。相対論的プラズマと は、ゲート型2次元電子システムで最 近発見された新しい種類のプラズマ波 である(3)。弱く減衰されたこのプラズ マ波は、2πσ>c(σ はガウス単位の2次元導電率)という高導電率の電子システムで励起され、強いポラリトンの性質を持つ。このような相対論的プラズモンは、マイクロ波とテラヘルツ周波数未満の範囲で、室温まで存続することが実証されている。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2017/11/P26_Advances_in_Imaging.pdf