脳の先へ:非神経オプトジェネティクス

バーバラ・ゲフェルト

オプトジェネティクスの恩恵を受ける分野は神経科学だけではない。さらに、細胞内構造やシグナル経路との相互作用が光によって可能になり、課題を克服して長年の疑問に答えられることを、細胞生物学者や発生生物学者は見出している。

オプトジェネティクスについて考えることは珍しくなくなった。オプトジェネティクスとは、コードされた遺伝子によって細胞活性を制御する光アプリケーションであり、神経科学の技術である。事実、オプトジェネティクスは神経科学研究のために開発され、オプトジェネティクスのパイオニアである米スタンフォード大(Stanford University)のカール・ダイセロス氏(Karl Deisseroth)と米マサチューセッツ工科大(Massachusetts Institute of Technology)のエド・ボイデン氏(Ed Boyden)は、この領域で研究している。彼らのラボあるいは他の場所の研究者らは、光感受性のイオンチャネルを発現する遺伝子の活性化によってマウスの行動に影響を与えるという実験で、この技術を証明してきた。対象となる細胞が遺伝的にコードされた分子を発現すると、特定の生物学的過程を高い精度で制御できる(1)。
 しかしながら、そのような制御は神経細胞に限ったことではない。細胞内構造やシグナル経路と相互作用できるという大きな可能性を認識しているのは、神経科学者だけではないことがわかってきた。オプトジェネティクスにおいて、新しく急速に伸びている方向性として、非神経細胞で機能するものがある。このタイプの研究では、従来の細胞操作法(化学的アプローチや遺伝的「ノックアウト」)は、観察のために長時間かかり、可逆的ではない。これに対してオプトジェネティクスは、時空間的に高い精度をもつ。さらに可逆的であり、これはたとえば、タンパク質のオン/オフを切り替えて効果を比較できることを意味する。
 このようにオプトジェネティクスは、細胞と全身両方において、形態や構造の発達に影響を及ぼすメカニズム、進行中の活動など、さまざまなレベルにおける分子メカニズムの重要性に関する新たな知見をもたらす。この技術は、意図しない副作用のリスクを抑えながら、複雑なシグナルネットワークの分析を可能にする(2)。さらにオプトジェネティクスは、比較的安価に利用できる。

異なる細胞には異なるツール

神経細胞のオプトジェネティクスは「チャネルタンパク質」の制御に関わるが、細胞生物学や発生生物学の研究では、細胞シグナルに影響を与える他のプロセスに関わるため、異なるツールボックスが必要となる(3)。そのため、非神経オプトジェネティクスにおける研究の多くが、解くべき疑問を解決するために求められる正確な操作を可能にするツールやシステムの開発に集中していたのは驚くべきことではない。
 ところで、オプトジェネティクスを使う科学者が「ツール」や「システム」という言葉を口にするときには、一般的に光活性タンパク質を意味する。多くのジャーナルの論文では、特定の課題を解決するための特定の分子やアプリケーションが報告されており、他方ではこれらの手段の発展が要約されている。そして近年では、光活性ツールの開発者であり、細胞生物学者に「比類なき時空間的制御によって細胞の挙動を調べる」ことを約束する米オプトロジックス社(Optologix)と呼ばれるスタートアップが、「初の商業利用な光誘導遺伝子発現システムである」LITE Switch Kitを発表した。
 事実、オプトジェネティクスは光学とフォトニクスに依存しているが、これらのツールへの関心は限定的だ。なぜなら、オプトジェネティクスの分子が可視光に感受性がある傾向にあり、発光ダイオード(LED)や低出力で動作するレーザを含む通常の顕微鏡の光源を使って、これらを活性化できるからだ。低倍率の対物では一細胞の刺激が可能であり、高倍率の対物では細胞内領域を活性化するために用いられる。デジタルマイクロミラーデバイス(特定の光パターンを投影するよう個々に制御できるミラー配列)によって、精度よい空間的な制御と、細胞の形状におけるダイナミックな応答変化が可能である(4)。
 しかし、米プリンストン大(Princeton University)の分子生物学のジャレッド・テットヒャー助教(Jared Toettcher)は、「パターン化された光刺激のためのデジタルマイクロミラーデバイスは高価で、ニッチな製品と見なされている。インキュベータや多様なマルチウェルプレートにマウントできる、安価でロバストな光伝送デバイスを、われわれはもっていない」と話す。「これらの光伝送デバイスのほとんどはいまだに、研究をしているラボ内の一品ものだ」。
 そして、動き回るマウスの脳内に光を送るためのミニチュアヘッドセットを必要とする神経科学実験とは異なり、オプトジェネティクスベースの細胞生物学では特注のハードウエアを必要としない。

オープンソースの手法比較

米ライス大(Rice University)の研究者らは、選択を広げるために別のアイデアをもっている。非神経細胞の手法で適切に利用できる光学ハードウエアが欠けているために、オプトジェネティクスと光生物学の影響が限られたものになっていると彼らは述べる。「オプトジェネティクスのツールのパフォーマンス特性を直接比較するデータはほとんどない」。
 そこでライス大の研究チームは、オープンソースで自作のハードウエア/ソフトウエアソリューションを設計している。彼らの産物は、複数の特性(空間的、強度依存的、動的)に基づいて、多様な生物(細菌、酵母、哺乳類の細胞など)で遺伝子発現の出力をもたらすすべての手法を直接かつ定量的に比較する。彼ら自身の実験の設定を用いて、たとえば、ある手法は別の手法に比べて光への感受性が50倍以上低いことを発見した。
 システムのうち、Lite Plate Apparatus(LPA)と呼ばれるハードウエアの部分は、それぞれが400ドル以下のコストであるLEDベースのデバイスだ(図1)。消耗品コストは同程度に低い。LPAに24ウェルプレートを収納し、各ウェルに独立した光源の1組をミリ秒分解能で照射する。ユーザーは、Irisというウェブベースのインタフェースを用いて、シグナルをプログラムする。ここでは310〜1510nmにわたる波長と、3ケタに広がる強度を制御できる。拡張性のあるシステムは高スループットであり、非専門家でも1日でLPAの組み立てとキャリブレーションができるとチームは話す。ハードウエアもソフトウエアもオープンソースであるため、追加用途に応じて自由に修正、拡張できる。

図1

図1 ライス大のチームによる、オープンソースで拡張性のあるLite Plate Apparatus(LPA)の横断面であり、LEDから24ウェル培養プレートへの光路を示す。高価でないプラットフォームであり、非神経細胞のオプトジェネティクス手法の定量的な比較が可能である。(提供:K.P.ゲールハルト(K. P. Gerhardt)ら(4))

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2017/07/LFWJ1707_BIO2.pdf