水中光通信を「より深く」理解するために

ジョン・ムース

過酷な海洋環境にある作業車、ロボット、そして海底工場に向けて、水中光通信の可能性を理解するためには、伝送距離とデータレートの間の明確なトレードオフを慎重に検討する必要がある。

水中環境は、あらゆる通信モードにおいて困難をともない、伝送距離とデータレートの間に明確なトレードオフが存在する。無線電波は、導電率の高い海水によって指数的に減衰される。音響通信は、低いデータレート(キロビット/秒[Kbit/s])で長距離(km)に対応するが、一般的に浅水域では性能が低い。海中の雑音と、海面と海底からの複数の音響反射がその原因である。これによって、符号間干渉(ISI:Intersymbol interference、信号歪み)が生じる。
 青色または青緑色レーザと発光ダイオード(LED)を利用する水中自由空間光(FSO:Free Space Optical)通信は、限られた分野を対象とした短距離(150m未満)で高帯域幅(メガビット/秒[Mbit/s])のソリューションである。伝送距離は、水質に大きく左右される。米ノースカロライナ州 立 大(NorthCarolina State University)では、 水
中の作業車やロボット、そして水中建設工事や海底工場用に光通信システムを構築および実装する際の実用的な検討事項に焦点を絞って取り組みを進めている。

データレートと伝送距離

水中通信の帯域幅要件は、制御信号用の約1kHzから、テレメトリ装置によるデータや画像の送信にはその10倍の帯域幅が必要となる場合がある。参考までに、電話品質の音声通信に必要な帯域幅は約3kHz、圧縮映像の高品質ストリーミングの場合は約500Kbit/sが必要である。
 一般的に、最適化された無線周波数(RF:Radio Frequency)通信システムは、利用可能帯域幅1Hzあたり約1ビットに近づきつつあり、高い搬送周波数が使われる。しかし、無線電波の水中伝搬は導電率と周波数に大きく依存し、海底との通信はこれまで、超長波(VLF:Very Low Frequency)で、100ビット/秒オーダーのデータレートに抑えられていた。最近では、数メートルという短い距離をキロビットレベルの速度で伝送可能なモデムもある。
 水中作業車間の従来の通信モードは、音響通信である。水中での音の速度と減衰は周波数に依存し、周波数が高いほど減衰は大きく、ISIが生じるために、商用システムは500Kbit/s未満に抑えられている。
 水中での映像伝送の重要性が高まっており、フレームレートを落として圧縮アルゴリズムを適用しても、音響通信では非常に厳しい状況になっている。一方、光無線通信は、LEDを使用する場合で1 ~ 5Mbit/s、半導体レーザを使用する場合でギガビットレベルのデータレートで容易に伝送することができる(図1)。最近では、LEDの帯域幅を増加させる取り組みも進められており、それによって、LEDに基づくさらにデータレートの高い通信が実現される可能性がある。

図1

図1 伝送距離とデータレートに応じた、有効な水中通信手段。水色は、短距離光通信(150m未満)が主流となる領域を表し、データレートは1Mbit/sを優に上回る。橙色は、データレートの低い音響通信の領域を表し、通信システムの伝送距離は最大10kmにのぼる。軍用分野では今後も、データレートの低い音響通信とRF通信が利用される見込みである。

光通信による性能の向上

海底に恒久的に配置される構造には、水中光通信ケーブルを敷設することができる。これにより、ギガビットレベルの速度で非常に高い帯域幅の通信が海底ノード間に提供される。しかし、光ファイバの導波モードと比べると、水中FSO通信の課題はさらに複雑である。
 地上FSOシステムは、ビーム拡散を抑えるためのバルク光学系、適切な指向および追尾システム、大気乱流を処理する複数波長の適応型光学系を備える。このようなシステムで現在、キロメートルレベルの距離でギガビットレベルの速度が達成可能である。こうした機能は、1.55μmのアイセーフなレーザ、エルビウムファイバ増幅器、光ファイバ通信用に開発された検出器の活用によって、急速に進化している。
 近赤外(NIR:Near IR)波長は水による吸収が大きく、輝度の高い青緑色レーザとLEDを見つけることが、水中通信の課題となっている。幸い、GaN(窒化ガリウム)をベースとする高輝度LEDと半導体レーザが現在、小型水中プラットフォーム用の安価な光源として提供される一方で、周波数を二倍化したNIRレーザによって、より大きなパルス波システム用の高いピーク出力が提供されている。
 2つめの課題は、浅瀬で昼間に作業する場合に、日光が非常に輝度の高い干渉光源となり、水中の検出器の性能が抑えられることから、良好な光学フィルタと広いダイナミックレンジを備える検出器が求められることである。
 最後に、地上FSO通信と比べると、乱流は海底通信システムにおいてさほど深刻な問題ではない。それよりも、吸収と散乱が対処すべき重大な問題である。青く澄んだ海水の場合、最大伝送性能が得られるのは青色波長(405 ~ 440nm)で、吸収係数は約0.017m-1である。沿岸水域では、吸収係数は0.033m-1と約2倍になり、最大伝送性能が得られる波長は緑色(510 ~ 530nm)へとシフトする。黄色物質を多く含む非常に濁った沿岸水域では、吸収係数は約0.291m-1で、吸収は黄色の波長域で最小となる。
 これらの値から、海中光無線通信で見込まれる伝送距離は、非常に澄んだ海水で150 ~ 200m、標準的な海水で50 ~ 75m、濁った港湾水域ではわずか数メートルということになる。音響通信とは異なり、散乱によるマルチパス分散は非常に小さく、1Gbit/sを超えるデータレートで動作しない限りはほぼ無視できる。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2017/07/LFWJ1707_FT4.pdf