生体医学への応用に向けて進展するラマン分光法

マリネッラ・G・サンドロス、フラン・アダル

ラマン分光法は、ラベルフリーで非破壊的に、生化学的特性をサブミクロンの空間分解能で評価できる。この性能は、生命科学に広く応用できる優れた解析能力をもたらす。

基礎または臨床研究にいる生命科学者は、多くの理由からラマン分光法に魅力を感じている。この技術は水分の寄与がほとんどなく、ラベルフリーな計測や生物学的試料のイメージングおよび同定が可能である。10年以上の時をへて、ラマン分光法が新たなに進歩したことで、医療診断、細胞選別法、バイオ治療の開発など、多くの優れた生体医学分野で活用されている。

液滴形成プロセスを明らかにする

アテローム性動脈硬化、心臓病、糖尿病、高血圧、肝臓病などの生活習慣病に関する知見を得るためにデザインされたマウス研究では、ラマン分光法の有用性が証明されている(1)。これらの疾患ではしばしば、内皮細胞(動脈の内側の露出層)の機能障害や、大きさが20〜100nmの脂肪滴(LD)が関与しており、これらは炎症性疾患を示唆するものである。研究者は、肝臓の状態を3つに分けたとき(健常、硬化症、糖尿病)における細胞内の脂肪分布を特徴付けるためにラマン分光法を使用し、肝臓の脂肪組成は食事に反映されること、例えば高脂質の食餌を薬剤(メトホルミンとペリンドプリル)を摂取したマウスではLDが飽和することを発見した。
 ラマン分光法によって、内皮細胞におけるLD形成の初めての3D検出と同時に、異なる液滴の大きさ、起源、組成も決定できたと研究チームは報告した。ラマン分光法は「LDの生理学的あるいは病理学的な機能を研究するにあたり有益なツール」の可能性があるとチームは結論付けた。

異なるものを区別する

ラマン分光法は、目視では違いがわからない、さまざまな疾患と細菌を区別するときに有用である。例えば全身性炎症反応症候群(SIRS)は、血液に細菌や他の病原体が感染することで起きるのが一般的にほとんどであるが(この場合は敗血症と呼ばれる)、重篤なトラウマや侵襲的な外科手術など非感染状況で起きる場合もある。患者を同定、階層化することは、タイムリーに適切な治療を行うために必要だが、これら2つの病因を区別するバイオマーカーで信頼できるものは現在ない。
 70名の患者(それぞれの疾患のタイプが約半分ずつ)を対象にした研究では、CaF2スライド上で乾燥させた血しょう5μLの平均ラマンスペクトルの直接的な目視検査においては、敗血症と非感染的SIRSを区別できなかった。しかしながら、ラマンデータを多変量解析すると区別できた(2)。
 診断におけるもう一つの課題は、腸球菌(腸内フローラ)のうち、バンコマイシン(細菌感染などを治療するときによく用いられる抗生物質)に感受性があるものと抵抗性があるものを区別することである。効果的な治療と感染の封じ込めには、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)を同定することが欠かせない。耐性菌は、細胞壁に存在するタンパク質の末端アミノ酸であるアラニンが乳酸塩(糖)に変化しており、この変化によってバンコマイシンが結合できない。近年の研究では、抗生物質の有無で分けた希薄懸濁液で、誘電泳動を行って細菌を捕捉し、2時間にわたって分析するためにラマン分光法が用いられた。研究者は、感受性と抵抗性の細菌の分子的反応における特性の違いを記録し、「バンコマイシンスコア」を算出する情報として1250、1500、2850cm−1におけるスペクトル差異を使用した(3)。時間を関数としてバンコマイシンスコアをプロットした研究では、2時間以内で耐性菌はスコアが低下し、一方で感受性菌はスコアが高いまま維持した(図1)。この方法は、あまりモデル開発されていない菌の状態同定にも利用できると研究者は言及する。
 他の研究では、黄色ブドウ球菌に感染した細胞のスペクトルが計測された。慢性感染症では、これらの細菌は感染細胞に隔離されている。しかしながら、隔離された細菌が細胞外細菌と異なるかどうかについては知られていなかった。実際には、細胞内細菌と細胞外細菌は多くの点において区別できる。これは、遺伝子発現における違いに由来すると思われる。これを応用して、感染した白血球と非感染白血球と明確に区別できることが示された。

図1

図1 VREを同定する分光法では、バンコマイシンを含む細菌懸濁液を処理し、0、30、60、90、120分後の試料を複合誘電泳動ラマン設定を用いて解析する。チップのマイクロメートルサイズのエリアで誘電泳動的に捕捉された細菌は、ラマン分光法によって解析される。統計モデルに投影されたスペクトルによって、病原体がバンコマイシンに対して感受性(正のバンコマイシン効果スコア)か、抵抗性(負のバンコマイシン効果スコア)か、判明する。(提供: U・C・シュレーダー氏ら(3))

(もっと読む場合は出典元へ)
出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2016/11/LFWJ1611bio1.pdf