QCLがMid-IRスペクトルをカバー

ジョン・ウォレス

適切にパッケージングされた小型で頑丈な量子カスケードレーザ(QCL)は、mid-IRで動作する多くのアプリケーションにとって最適の光源である。

量子カスケードレーザ(QCL)は、人間の発明の才の証である。そこでは、一見変更不可能な材料の特性(レーザ波長はバルク材料成分の関数)が、画期的な方法で材料を構造化することにより克服されている(反復的に、数百層の材料で構成された超格子が、一連の多重量子井戸ヘテロ構造を形成)。
 普通の半導体レーザはp-n 接合で励起電子とホールとを結合することでシングルフォトンが生成されるが、これとは異なりQCLの電子は、1つのバンド内の量子化されたサブバンドで、何度もサブバンド間遷移を起こし、その過程でフォトンの「カスケード」が起こる。QCLの超格子特性を調整することで発振波長を調整する。

注記: 少し似たタイプのレーザ、インターバンドカスケードレーザ(ICL)は、サブバンド間遷移ではなく、バンド間遷移でフォトンを生成する。それ自体は非常に興味深いが、ここでは扱わない。

 QCLは、今日最も用途が広い中赤外(mid-IR)レーザの1つである(テラヘルツ照射領域の有力な発振器でもある)。これは光パラメトリックオシレータ(OPO)や光パラメトリックアンプリファイア(OPA)のようなmid-IR光源と比べて非常にコンパクトで故障がなく丈夫だからである。結果的に、QCLは分光計測用光源として最適である。IR分子「フィンガープリント」スペクトル領域での利用、また多くの他の用途に向いている(表1)。必要なら、そのような計測器は小型で、バッテリー動作、現場での利用で耐久性を持たせることができる。
 「mid-IRアプリケーションは、複数市場に及ぶ。科学研究、ライフサイエンス、産業プロセス制御、環境モニタリング、防衛やセキュリティなどだ」と米デイライト・ソリューションズ社の科学製品ダイレクター、リー・ブロムリー氏は言う。「mid-IRアプリケーションの多様性は、高感度分子検出やイメージングからミサイル攻撃から航空機を保護する用途まであり、これが様々なmid-IRレーザシステムに対する要求を活発化している」。

表1

表1 mid-IRアプリケーション例とレーザ光源要件

スペクトル範囲と可変性

ブロムリー氏によると、QCLは柔軟性があるので多くの用途に理想的に適合する。中心波長は、4μm以下から12μm超までをカバーし、パルス動作、連続波(CW)動作にも即時適応する。広い利得帯域のチップは500cm−1以上の範囲で可変であり、出力性能は数ワットまである。
 QCLチップ設計は進化し続けているので、QCLあたりの可変範囲は、ここ数年で急速に拡大した。「今日、QCLの中には通常、500cm−1を超える、つまり中心波長の30%の可変範囲をもつものがある」と同氏は説明している。「とは言え、多くのアプリケーションで、より広い可変範囲に対する飽くことのない要求があり、これがマルチQCLレーザアーキテクチュアの開発を後押ししている」。
 同氏によると、その1つであるデイライト・ソリューションズ社のMIRcatは、1つの封止レーザヘッドに4個の可変QCLモジュールを合体している。全QCLビームの優れた光学機械設計と同軸照準合わせにより、出力は単一の完璧な平行ビームが保証されている(図1)。MIRcatはパルス動作またはCW動作、その両方が可能である。ピーク出力または平均出力は最高1W程度、相対強度ノイズ(RIN)は−145dBc/Hzと低く、mid-IR可変範囲は>900cm−1(つまり>6000nm)。
 MIRcat QCLは、同社のIR顕微鏡プラットフォームの心臓部にあり、マルチQCLレーザ光源とIRカメラを統合することで、ビデオレートの離散的周波数、ハイパースペクトルmid-IRイメージングを可能にしている。ブロムリー氏によると、イメージングするのは、生物組織、ポリマ、半導体材料、分子センサである。分子センサは、高リフレッシュレート、多種分子検出用に高速スキャンレーザエンジンを搭載している。
 米ブロック・エンジニアリング社は、コンパクトな封止パッケージで、パルス外部キャビティQCLを製造しており、これも同社の計測装置製品ラインに「エンジン」として内蔵されている(図2)。製品ラインには、LaserWarn Detector、オープンパス・ガスセンシングシステムが含まれており、同社のCEO、ペトロ・コティディス氏によると、これは化学攻撃あるいは有毒漏出に対する重要施設の保護に使用できる。
 LaserTune QCLは、同氏によると、掃引モードあるいは5.4〜12.8μm範囲の任意の選択波長で動作する。この範囲の可変は、スペクトル分解能約1〜2cm−1で40ms以下である。同システムは、1mradを上回るビーム照準安定性を持ち、パルスレートは3〜300nsパルスで最大3MHzである。
 QCLは外部ディテクタ(これもブロック社製)と組み合わせると、IR分析、分光学的評価用の実験ツールになる。あるいは、サンプリングやガスまたは液体フローセルを統合することもできる。これらはプロセス用、産業用、環境アプリケーション向けである。コティディス氏がLaserTune用のリストに挙げている主要アプリケーションに含まれるものは、IR顕微鏡、ファイバ結合、原子間力顕微鏡(AFM)がある。IR顕微鏡では、回折限界的な大きさでターゲットをイメージングすることで微小サンプルの分析ができる。原子間力顕微鏡はエミッタの広いスペクトル範囲と高速スペクトルスキャニングを駆使する。

図 1

図 1 Daylight Solutions MIRcat QCL(右上)は、独立のIED検出研究を行うための実験装置にレーザ光源として内蔵されている(1)、(2)。(提供:デイライト・ソリューションズ社)

図2

図2 LaserTune(a)、ブロック・エンジニアリング社によるパッケージ化されたQCLは、同社のLaserWarn 「トリップワイヤ」オープンパス・ガスセンシングシステム(b)の光源(提供:ブロック・エンジニアリング社)。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2016/11/LFWJ1609pp2.pdf