量子ドットとシリコンフォトニクスを融合した広帯域波長可変レーザ

北 智洋、山本 直克

本稿で紹介する新しい波長可変レーザダイオードは、量子ドット(QD:Quantum Dot)技術と、1310nmの通信帯域周辺で大きな光増幅を達成するシリコンフォトニクスを組み合わせて開発されている。他の受動部品や能動部品を組み込むことによって、完全集積型のフォトニクスプラットフォームへと拡張できる可能性がある。

新しいヘテロジニアス(異種材料集積)波長可変レーザダイオードは、量子ドットとシリコンフォトニクス技術を採用して構成されており、高集積フォトニクスデバイス用のスケーラブルなプラットフォームを用いて1000〜1300nmの波長領域における大きな光増幅を活用する。東北大学と国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の共同研究グループは、1230nmを中心波長とする44nmの広帯域で波長可変動作を示す、非常に小さなデバイスの実現に成功した。他にも多数の構成をとることによって、さまざまな性能指標を達成することが可能である。
 最近開発された大容量光伝送システムは、高密度の周波数チャンネルを備える波長分割多重(WDM:Wave­length Division Multiplexing)システムを使用している。従来の帯域(Cバンド)である1530〜1565nmの周波数チャンネルは非常に混雑しているため、このようなWDMシステムの周波数利用効率は飽和状態に達している。しかし、T(thousand)バンド(1000〜1260nm)やO(original)バンド(1260〜1350nm)などの近赤外線(NIR:near infrared)波長領域には、広帯域で未使用の周波数資源が潜在している。
 量子ドットに基づく光増幅媒体は、光増幅帯域幅が非常に広く、デバイスが高温でも安定性を保ち、線幅拡大係数が小さいほか、SOI(Silicon On Insula­tor)構造に基づくシリコンフォトニクス細線光導波路が高集積フォトニクスデバイスの構築に容易に適用可能という、さまざまな魅力的な特性を備える(1)〜(4)。
 短距離データ伝送に用いられるフォトニクスデバイスは、占有面積が小さく消費電力が低いことが求められる。したがって、小型で低消費電力の波長可変レーザダイオードは、未使用の周波数帯域を利用するように設計された大容量データ伝送システムに使用される主要なデバイスであり、われわれが開発した、QD光増幅媒体とシリコンフォトニクス外部共振器で構成されるヘテロジニアス波長可変レーザダイオードは、その有望な候補ということになる(5)。

量子ドット光増幅器

TバンドとOバンドにわたる超広帯域光増幅媒体は、実際には大口径のガリウムヒ素(GaAs)基板上のQD成長技術を用いて作製されている。われわれが開発したサンドイッチ状のサブナノセパレータ(SSNS:Sandwiched SubNano-Separator)成長技術は、高品質QDを得るためのシンプルで効率的な手法である(図1)。
 SSNS手法では、GaAs薄膜の3つの単分子層(それぞれ厚さ約0.85nm)を、QDの下のインジウムGaAs(InGaAs)の量子井戸(QW:Quantum Well)で成長させる。これまで、SSNSを適用せずに従来型の成長技術を使用する場合は、凝集して大きくなったドットが多数観測され、それによってQDデバイスの結晶欠陥が生じる恐れがあった。今回、高密度(8.2×1010cm−2)で高品質のQD構造を得ることができるようになった。SSNS手法によって、量子の凝集が適切に抑制されるためである。
 シングルモード伝送に対し、それに対応するリッジ型半導体導波路を作製した。半導体光増幅器(SOA:Semi­conduc­tor Optical Amplifier)の断面には、反射率の低いシリコンフォトニクスチップに接続するための反射防止(AR:Anti-Reflection)コーティングが施されたファセットと、レーザ共振器の反射鏡として用いられる劈開ファセットがある。
 SOAを作製するために、SSNS成長技術に分子線エピタキシ法(MBE:Mo­lecu­lar Beam Epitaxy)を組み合わせた。インジウムヒ素(InAs)で構成される直径20〜30nmの量子ドットを、InGaAsのQW内に成長させた。このようなQD層を7層重ねることにより、広帯域の光増幅が実現される。このQD-SOAはその後、ヘテロジニアスレーザの光増幅媒体として用いられる。ヘテロジニアスレーザは、高速変調器、2モードレーザ、光受信器といった他の通信技術デバイスによって補完することができる(6)、(7)。

図1

図1 (a)は、SSNS手法を用いて成長させた量子ドット(QD)デバイスの断面図。SSNSを採用することで、高密度で高品質なQD構造(b)が得られる。これを用いて、QDの光増幅を利用する一般的なSOA(c)が作成される。

シリコンフォトニクスリング共振器フィルタ

QD-SOAの作製に続いて、シリコンフォトニクス技術を用いて波長フィルタを作製した。これには、スポットサイズのコンバータが含まれている。コンバータは、シリコン酸化物(SiOx)でできたコアと、先細のSi導波路で構成される。Si導波路は、光反射と結合損失を最小限に抑えつつ、QD-SOAをシリコンフォトニクス細線光導波路に接続する(図2)。
 波長可変フィルタは、それぞれサイズの異なる2つのリング共振器で構成される。2つのリング共振器のバーニア効果により、特定の波長の光のみがQD-SOAに反射する。さらに、共振器の上に形成されたタンタル(Ta)製のマイクロヒーターによって、熱光学効果を利用してレーザ波長を調整することができる。

図2

図2 (a)は、シリコンフォトニクスを用いた波長可変フィルタの顕微鏡画像。(b)はトランスミッタンス解析結果。赤色の点線は、自由スペクトル領域がFSR1の小さなリング共振器のトランスミッタンス、青色の点線は、自由スペクトル領域がFSR2の大きなリング共振器のトランスミッタンスをそれぞれ示しており、実線は各トランスミッタンスの積を示している。波長可変範囲は2つのリングのFSRの差によって決まる。メインピークとサイドピークの間のトランスミッタンスの差が小さい場合でも、FSRの差が小さいほど波長可変範囲は広くなる。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2016/11/LFWJ_Jan16_ft03.pdf