窒化VCSELがもたらす困難な課題

ジェフ・ヘクト

良好な研究結果から青色の窒化VCSELに対する期待が高まっているが、GaN VCSELを実用化するにはやっかいな課題を克服する必要がある。

GaN(窒化ガリウム)は、青色の端面発光ダイオードレーザで多大な成功を収めていることから、垂直共振器面発光レーザ(VCSEL:Vertical-Cavity SurfaceEmitting Laser)向けにそれを開発しようという動きは理にかなった流れのように思われる。VCSELには、一部の用途に対する重要なメリットがある。例えば、しきい値が低いこと、ビーム品質が高いこと、高密度の2次元アレイを構成しやすいこと、直接変調が高速であること、ウエハレベルで試験できることなどである。GaAs(ヒ化ガリウム)VCSELはかなりの成功を収めており、窒化VCSELの研究はこの数年間で、室温での光励起から電気励起へと進歩した。新しい青色光源の登場は近いと思われていた。
 しかし最近になって、窒化VCSELの進歩は減速している。窒化化合物の性質に主に起因する「深刻な性能上の制約がまだ存在する」と、米NUSODインスティテュート社(NUSOD Institute)のヨアヒム・パイプレック氏(Joachim Piprek)は2013年、同分野の評価に記している(1)。ピーク出力はまだ、1ミリワット未満にとどまっている。窒化VCSELを実証しているのはほんの一握りのトップレベルの研究所のみで、しかもその成功は、量産には程遠い、最先端の研究技術がなければ成立しない。

VCSELの課題

VCSELは1970年代に初めて提案されたが、作製条件が複雑であることから開発までには時間を要した。ダイオードレーザの薄い活性層に垂直な光共振器(キャビティ)からの出力を効率的に抽出するために、非常に反射率の高いミラーが必要となる。GaAsにおける標準的な手法は、2種類のGaAs合金からなる薄層を交互に多数積層したものをエピタキシャル蒸着させ、分布ブラッグ反射器(DBR:Distributed Bragg Reflector)を形成するというものである。背面の共振器ミラーの反射率が99.9%で、出力ミラーの反射率が99.7%程度になれば理想的だと、米ニューメキシコ大(University of New Mexico)のダニエル・フィーゼル氏(Daniel Feezell)は述べる。
 厳しい仕様だが、GaAsではそれが達成可能だ。パイプレック氏によると、GaAsはVCSELに対する「完璧な材料」だという。最大のメリットは、GaAs組成物は格子間隔のばらつきが小さいことから、エピタキシャル蒸着時に屈折率差の大きい合金の格子を整合させることができるという点にある。しかし、GaNとInP(リン化インジウム)には、屈折率差が大きく格子が整合する、適切な2つの合金が存在せず、反射率が非常に高いDBRの作製はGaAsよりも格段に難しい。誘電体のみでDBRを形成するという代替策があるが、それには後述する別の問題が伴う。
 関連する問題としては、誘電体DBRに導電性がないために共振器間のコンタクトが必要になることと、p-GaNは導電率が低すぎることから活性領域に電流を均一に分布するためには使えないことがある。半透明の導電体である酸化インジウムスズ(ITO)の層を追加することができるが、ITOにはそれ独自の制約がある。「約10μmを超えるデバイス開口部に電流を均一に分布するには、導電率が不十分だ」とフィーゼル氏は最近のレビュー論文に記している(2)。また、紫外線と可視波長における光損失がかなり大きいために、共振器内に配置することは極めて難しい。
 共振器の長さが短く、数μmしかないことから、問題はさらに複雑になる。共振器の定在波形状を整合させることが非常に重要である。つまり、ピーク部分を活性層の量子井戸に、ゼロ部分をITOなどの損失の高い層に合わせる。その上、量子井戸のピークゲインを、共振器内の共振波長に整合させる必要がある。

GaN VCSELの作製

GaN VCSELの電気励起という課題を最初に克服したのは、台湾の国立交通大(National Chiao Tung University)のティエンチャン・ルー教授(Tien-Chang Lu)とその同僚で2008年のことだったが、それは液体窒素温度においてのみ動作するものだった。同教授らは図1に示すように、1つの半導体DBRと1つの誘電体DBRという2種類のミラーを用いるハイブリッド手法を採用した。サファイア基板から開始して、まずは29対のAlN層とGaN層からエピタキシャル成長によってDBRを形成した。続いて、n型GaN、InGaN/GaNの多重量子井戸(MQW:Multiple Quantum Well)を含む活性層を配置する。最上部には240nmのITOを蒸着し、それによって10μmの開口部にわたって電流を分布した。続いて、Ta2O5層とSiO2層を交互に積層して形成した誘電体DBRを追加した。99.4%の反射率を達成し、エピタキシャル成長させた窒化DBRに亀裂が生じないようにしたことが、主な成功要因だった。同教授らは、レーザが1.4mAのしきい値電流で動作することを発表したが、最大出力については報告しなかった(3)。
 同年にはこれに続き、日亜化学工業の樋口裕氏とその同僚らが、2つの誘電体DBRを用いた室温で動作するレーザを実証した。亀裂のない窒化DBRの作製が不要な代わりに、複雑なフリップチップ製造プロセス(27ページの「フリップチップ型VCSELの作製」を参照)を必要とするものだった。まずは、サファイア基板上に活性層を成長させ、続いてp型GaN、50nmのITO層、Nb2O5/SiO2を積層したDBRを追加し、DBR層を導電性のシリコン基板に接合する。次に、サファイア基板をウエハから除去し、図2に示すように、2つ目の誘電体DBRをその表面上に蒸着させた。これによって、室温において12mAの駆動電流で、0.14mW、414.4nmの連続波(CW:Continuous Wave)を出力させることができたと同氏らは発表している。

図1

図1 台湾の国立交通大で2008年に初めて開発された窒化VCSELの構造。最下層にあるサファイア基板上の窒化DBRに、活性層上に蒸着された誘電体ミラーが組み合わされたハイブリッド構造をとる(資料提供:T.C.ルー氏)。

図2

図2 日亜化学工業がフリップチップ構造を採用して開発した、室温で連続波を出力する初めての窒化VCSEL。n-GaN以下の構造をサファイア基板上に作製してから、チップを反転させ、サファイア基板をエッチングにより除去して、最上部に2つ目のDBRを作製している(4)。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2015/01/LFWJ0115_pf_p24.pdf