薬剤分析と品質制御の効率と信頼性向上

ジェイムス・キャリア、ランディ・ヘイラー

薬品業界は、薬の開発、製造、品質コントロールで多くの課題に直面している。これは、不適切で効果のない薬を患者が利用した結果を考えに入れているためである。一番の関心事は、多くの原薬(API)が多形体を示すことである。

化合物の多様な形態、分子構造が、薬の効果、安定性、生物有効性に大きく影響し、患者に甚大な影響を与える可能性がある。この構造変化は、多くの場合、非常にわずかであり、検出が難しい。また、様々な処方、蓄積、パッケージング、取り扱いの段階で気づかずに起こることもあり得る。したがって、開発、製造、品質保証プロセス中に多形体を迅速かつ高信頼に特定することは、すべての薬製造企業にとって極めて重要である。
 化合物のそのような構造的変化の観察を行う方法はいくつかある。「フィンガープリント」領域(200〜1800cm−1)での小さなバンドシフトの観察にはラマン分光が使われるが、これらのシフトは官能基の微妙なシフトを反映しており、多くの多形体は検出が困難なことが多い。X線回折(XRD)技術からは、極めて定量的で確実な分析が得られるが、高価な装置、オフラインの破壊試験が必要になる。テラヘルツ(THz)分光は構造的シフトの信号が分子や分子間の構造における規模の大きな動きに対応しているので、構造シフトを容易に区別できるが、THz分光の分光範囲は限られている。また、湿気の存在の影響を受け、装置が比較的に高価であり、特別なサンプルの準備、信号を強めるために温度を変えることが必要になる。
 分子構造を観察する新機能を実装した新しいラマンベースのソリューションが最近商品化された。このソリューションは、すでに従来のラマン分光で使われている包括的、非侵襲的化学組成分析も同時に行う。新しい分光システムは、従来のラマン分光の範囲を低周波(低波数)スペクトラル領域、アンチストークス域まで拡張している。アンチストークス域では、格子構造やポリマ構造、結晶方向、スピン波、フォトンモードなど、重要な構造的詳細が明確に区別される。これらの振動エネルギーは分子遷移および5cm−1〜20cm−1(0.15〜6.0THzに相当)の範囲の振動に対応しているので、「THz-ラマン」という用語を使ってこの新しいスペクトラル域と関連する機器構成を説明する(図1)。
 THz-ラマンは、薬学、産業、石油化学業界の化学者にとっての重要な新ツールとして急速に関心を集め、アプリケーションを増やしている。THz-ラマンは、多形体を高速に、明確に区別できるだけでなく、合成経路、原材料と汚染物質の区別にも使え、偽物発見や確認テストも改善されている。低周波(低波数)とアンチストークス信号の両方を含むことで、THz-ラマンシステムはラマン強度全体を強め、信号対雑音比(SNR)を改善する。加えて、アンチストークス信号の対称的性質がストークスピークの確認としての機能を果たし、同時に特有の自己校正機能を提供して全体的な信頼性を向上させている。
THz-ラマンシステムは、化学物質検知と分析用に完全なラマン「フィンガープリント領域」を失わずに維持しながら、多形体を高速に、曖昧さを残さず区別する。

図1

図1 フィンガープリント領域とTHz-ラマン領域の両方を示しているTHz-ラマン分光のスペクトラル範囲。

多形体検出

図2と3は、多形体検出でのTHzラマンの効率を証明している。カルバマゼピン(CBZ)は、鎮痙剤、気分安定剤としててんかんや双極性障害で一般に処方されている。これは、4つの異なる多形体を持ち、文献(ⅰ,ⅱ,ⅲ,ⅳ,ⅴ)では、フォーム3が原薬であることがよく特徴付けられていた。フォーム2とフォーム3、それに水和物の純粋サンプルを入手し、米オンダックス社製THz-ラマンXLF-CLMシステムで測定
した(スペクトルは図2に、システムは図7に示した)。化学的組成が似ているので、フィンガープリント領域の信号は極めて似通っている。しかし分子構造における違いはTHz-ラマン領域では簡単に見ることができる。信号強度は、フィンガープリント領域の4.5倍まで強くなっている。図3は、THz-ラマン領域でのCBZ多形体の拡大図であり、水和物も含まれている。レーザラインと交差するアンチストークス信号の対称性に注目。これはさらに、低周波の計測に役立ち、システムの検出感度向上に使える追加の信号になる。
 多くの他の一般的なAPIが示している多形体。図4は、様々な多形体、インドメタシン(IDM)、プロブコール(PBC)、アセトアミノフェン(APAP)の完全ラマンスペクトラムの別の例を示している。これらから一般的傾向として確かなことは、THz-ラマンスペクトラムは強度が遙かに強く、フィンガープリント領域の信号よりも簡単に区別できることである。

図2

図2 カルバマゼピン多形体フォーム2と3の完全ラマンスペクトラム。THz-ラマン領域で非常に明白な区別が出ていることに注目。フィンガープリント領域の4倍以上のピーク強度が出ている。

図3

図3 カルバマゼピン多形体のTHz-ラマンスペクトラルの拡大図。水和物も含まれている。

図4

図4 (a)いくつかのAPI多形体の完全ラマンスペクトル。IDMアルファ &ガンマ、PBCフォームⅠとⅡ、APAPフォームⅠとⅡ。THzラマン領域では、強度が一段と強く(a)、ピークの区別がはっきりしていることに注目(b)。(サンプルとスペクトル、日本の国立医薬品食品衛生研究所薬品部・小出達夫博士、日本大学薬学部・深水啓朗博士提供)

図7

図7 オンダックス社のTHz-ラマン分光計はベンチトップ、もしくは顕微鏡構成のいずれかで提供する。ベンチトップには、サンプル計測用の便利なバイアルホルダが付いている。

(もっと読む場合は出典元へ)
出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2014/07/c2ed333b961c9d9316050928a5492d6b.pdf