主流になる2D 赤外分光法

マーチン・ツァニ、クリス・ミドルトン、マクロ・アリゴニ、ジョセフ・ヘンリッヒ

分子構造や分子動力学を調べる独特な方法が実用的な研究ツールになった。これは、使いやすい、2D IR統合分光計が出てきたためである。

2次元赤外(2D IR)分光法は、通常用いられているIR分光法に対して多くの利点がある。分析ツールとしては、2D IR分光法は化合物を特定し、複合物を要素に分解するのに役立つ。研究ツールとしては、運動情報と構造的情報の両方を提供する。生物物理学、薬物結合、膜動力学、材料科学(OLEDや有機太陽電池など)の研究で必要となるものだ。
 ごく最近までこの技術は、実際に使うには恐ろしく複雑であることから、その用途は特殊な超高速レーザ分光分析研究に限られていた。最近、使いやすい2D IR計測器が開発されたことから、2D IR分光法は、フーリエ変換IR(FTIR)分光法、核磁気共鳴(NMR)分光法などの確立された技術と同様にほぼ定型化された技術となっており、その広い潜在力が幅広いユーザに解放された。

2D IR分光法とは何か

2D IR 分光法に先行するのはFTIR分光法で、これは現在世界中で最も広範に利用されている分析・研究ツールの1 つだ。FTIR 分光法は、新しい化合物を分析する、化学反応が完了したかどうかをチェックする、あるいは分子が表面に結合したかどうかを断定するために研究者が使用する最初のツールとなることが多々ある。
 振動するほぼ全ての分子は、IR吸収スペクトラムを発生する。そのため、FTIR は、生物物理学、材料科学、エネルギー科学、分析化学など多様な分野で使用される。未知の化合物が特定できるように、数千の分子のFTIRスペクトラムを集めたカタログが用意されている。しかし、FTIRで分からないことの1つは、2つの吸収線が同じ分子からのものであるかどうかである。
 図1(上)でFTIR スペクトラムを考えてみよう。ここには、A、B、Cと3つのピークがある。これら3 つのピークは全て同じ分子によるものなのか?あるいは異なるタイプの分子の混合から出たものであるか? 追加実験を行うように、レファランススペクトラムが役に立つ。試料がある可能性を潰してくれることが分かるだけでよいこともあるが、さらに情報がないと、FTIRスペクトラムはこの問題に明確に応えられない。
 2D IR分光法は、吸収ピークが相互にどのようにつながっているかを動的2D画像で示すことで、この問題やその他多くの問題に答えられる(1)。典型的な2D IRスペクトラム(図1の下)は、2Dマップであり、そこでは分子吸収が、同じ波長(または波数)範囲をカバーする2つの励起周波数の関数としてプロットされている。対角線に沿って観察されるピークは従来のFTIRスペクトラムと同じであるが、振動エネルギーレベル間の相互作用もしくはエルギーフローによって非対角構造(交差ピーク)が生じている。エネルギーフロー、化学交換など、系の動的展開は、試料励起に用いるパルスコンビネーションの時間遅延の変動によってモニタできる。
 図1の例に戻ると、FTIR スペクトラムの3つのピークそれぞれが、2D IRスペクトラムでは一対の対角ピークを作る。BとC(図1の正方形で結んだ箇所)間の交差ピーク対は、これら2つの吸収が1つの種から出たものであることを示している、一方ピークAは、交差ピークで結ばれておらず、第2の種に属する。事実、これらの実験的スペクトラムはヘキサカルボニルタングステン(W(CO)6)とアセトンに溶かしたロジウム・ジカルボニル(RDC)の希薄混合体を評価したものである。W(CO)6 は1670 ㎝-1単一吸収帯、一方RDC は1990と2070 ㎝-1で2つの吸収帯を持つ。こうして、交差ピークは、FTIRスペクトラムのもつれを解くのに役立つ。
 これらの交差ピークはどこからくるか。交差ピークは、振動モードの結合を計測したものである(1)。上の例では、RDCのモードBとCは金属中心についた2つのカルボニル基の伸展から来ている。これらの近接性、またこれらが共通の中心原子(金属)を共有しているため、1 つのカルボニルモードの振動運動が他方の運動に影響を与える(2)。それが結合の意味するところである。結果として、交差ピークはその2つの間に現れる。
 分子の振動モードが相互に絡み合っている場合、交差ピークは分子間でも起こる。例えば、水素結合種、芳香族環系スタック(DNAの場合)、タンパク質二次構造のような他の構造配列。したがって、FTIRスペクトラムのように、2D IRスペクトラムは周波数情報と強度情報を提供するが、それに加えて結合の連結度も明らかにしてくれる。

図1

図1 化合物の混合を、実験的に測定された(上)FTIR スペクトルと(下)2D IR スペクトルで示したもの。FTIR スペクトルからは、混合物にいくつの分子が含まれているかを確定することはできない。対照的に、2D IR スペクトルはFTIR スペクトルのピークのそれぞれに一対の対角ピークを表示している。2D IR スペクトルの交差ピークから、2つの高い方の周波数ピークが相互に結合していることが分かる。つまり、これらの2つのモードの振動運動が相互に影響し合っていることが分かる。2 つのモードが同じ分子にあるとき、このようなことは通常起こる。実際、これらのスペクトラムは、2 つの化合物の混合としてまとめられた。吸収A は、W( CO )6 によるものであり、ピークB とC はロジウム・ジカルボニル( RDC )によるもの。混合物が希薄すぎてW( CO )6とRDC の交差ピークは見えない( TianqiZhang によるデータ)。

2D IRスペクトラム収集法

2D IR分光法の背後にある原理は比較的わかりやすい。2つの振動モードが結合すると、レーザパルスによるその1 つのモードの励起が他方の周波数を変える。そうなると交差ピークが現れる。事実、これが最初の2D IRスペクトラム生成法だった。プローブパルスの吸収をモニタしながら、狭帯域中赤外可変レーザパルスの周波数を振動共鳴にわたって掃引した(3)。横軸にプローブ周波数、縦軸にポンプ周波数を置き、吸収または光密度(Δ OD)の変化を狭帯域周波数の関数としてプロットした(図2)。
 2D IR分光を収集する周波数領域のアプローチは今なお利用されているが、大部分は遙かに精度が高い時間領域バージョンに置き換わりつつある。時間領域アプローチでは、図2の狭帯域パルスを、帯域が全振動モードを一挙にカバーするフェムト秒パルス対で置き換える。
 データは、t1とt3の時間遅延の関数として収集される。時間領域データは、次にフーリエ変換で処理され、FTIR計測でそのインタフェログラムを処理するのと同じ方法でスペクトラムを示す。プローブをパルス対で置き換える代わりに、プローブ軸のフーリエ変換を光学的に表示するために単一のフェムト秒パルスとモノクロメータ(単色光分光器)を用いることもできる。

図2

図2 概念的に単純化した2D IR スペクトル収集法。ポンプパルスの周波数掃引とプローブパルスの吸収の変化をモニタしている。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2014/02/0018feature01.pdf