光混合テラヘルツ光源を効率化させるナノアンテナ

ヘンドリックス・タノート、テン・ジンファ、ステファン・A.・マイヤー

ナノアンテナ構造をフォトミキサに組み込むことによって、相互くし型構造の汎用フォトミキサに比べて、テラヘルツ波の放射強度を2桁以上増大させることに成功した。

光混合技術を使ったテラヘルツ光源は、半導体レーザとフォトニクス集積技術の進歩により、連続波(CW)放射、波長可変性、小型化の実現への見通しは明るい。しかし、効率の良い室温動作が実現できていないことが、いぜんとして小型のテラヘルツシステムの開発を阻む大きな技術的障害となっている。シンガポールの科学技術研究庁(A*STAR)と英インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究チームは、ナノアンテナ構造をフォトミキサに組み込むことにより、くし型電極を使った汎用テラヘルツフォトミキサに比べ、放射強度が2桁以上増大することを見出した。この新しいナノアンテナを組み込んだフォトミキサは、高解像度イメージングや分光システムに使われる、極めて高効率な小型CWテラヘルツ光源を実現する技術になり得る。

なぜ光混合か?

テラヘルツ波を含む遠赤外(IR)電磁波の研究は、黒体放射のような研究をきっかけに20世紀初頭、実質的に開始された(1)。そしてここ20年の間に、一般および国家による凶器の持ち込みや巧妙な密輸活動といったセキュリティ問題に対する関心の強まり、超広帯域通信の必要性の増大、生物医学イメージングやバイオサイエンスの道具としての需要の増加などに刺激されて、テラヘルツ波に対する科学的関心が復活した(2)。
 最新のテラヘルツシステムは、特に、自然界に存在する材料を選んで半導体とすることによる集積回路とオプトエレクトロニクスの著しい発展を背景に、小型、高効率で手ごろな価格になると期待される。オーストンスイッチに基づくパルステラヘルツ光源は最初の実用半導体テラヘルツ光源の1 つである(3)。高パルスエネルギーのフェムト秒レーザで励起されたそのような光源は最大でミリワットレベルの光を出力し、テラヘルツ時間領域分光やイメージングシステムに広く利用されている。現在、これらのシステムは、ニッチ用途、特に生物医学、調剤、食品産業などの非破壊検査に使用されている(4)。
 残念ながら、フェムト秒レーザベースのテラヘルツ時間領域システムの多くは可変同調性を欠き、高コストで大型である。低価格で、容易に入手できるCW 半導体テラヘルツ光源を励起源とする、ポータブル、低価格、波長可変、そして高スペクトル分解能のテラヘルツシステムが望ましい。
 半導体CW テラヘルツ光源の開発において最もエキサイティングな技術の1つは量子カスケードレーザ(QCL)であり、これは、従来の半導体レーザのような電子正孔対によるバンド間遷移の代わりに、半導体多量子井戸(MQW)構造の繰り返しスタックにおける単極キャリアとバンド内遷移を利用する(5)。
 QCLの発振波長はMQW 構造のバンド内エネルギー準位を調整することによって決まるので、もはや構成半導体のバンドギャップエネルギーで完全に決定することはできない。しかし、特に、低テラヘルツ領域での動作で光子エネルギーが下がると、電子の熱エネルギーが優勢になり、低温冷却が不可欠になる。いくつかの新しいQCL構造、例えば散乱支援設計は163Kでの1.8THz動作が可能であったが、低テラヘルツ領域でのQCLの室温動作の実現はいぜんとして厳しい課題として残される(6)。共鳴トンネルダイオード技術を使った半導体電子素子は最高1.1THzで動作可能であったが、達成された最大放射強度はたった100nWであった(7)。
 適切な出力レベルと高解像度同調で室温CWテラヘルツ放射を発生させる有望な技術は光混合である(8)。半導体レーザとフォトニクス集積技術の進歩と、最近のテラヘルツメタ材料研究の急激な増加によって、テラヘルツ波を制御して動作させるための多くの新しい方式が提供された(9)。
 われわれの光混合実験装置では、特定のテラヘルツオフセット周波数を持つ2つの波長可変レーザを光ポンプとして使用した(図1)。これらのレーザをフォトミキサの活性領域に集光させて、光伝導性材料内にキャリアを生成した。続いて、外部から電場を印加して、これらのキャリアを電極フィンガへとドリフト移動させ、テラヘルツ周波数で振動する電流を発生させた。この電流が平面金属アンテナを励起し、テラヘルツ波が放射された。この過程では、フォトミキサのキャリア生成領域(活性領域)内のキャリア捕獲効率が放射されるテラヘルツ波パワーに影響する最も重要な因子の1つである。
 一般的な最先端CW テラヘルツフォトミキサの活性領域は元来金属−半導体−金属フォトダイオードに使用されているくし型電極フィンガからなる。そのような電極配置においてキャリア捕獲効率を改善しようとすると、電極フィンガ間隔とキャリア生成強度とのトレードオフに直面するはずだ。

図1

図1 光混合セットアップの図は、光伝導性デバイス内にキャリアを生成させるための光ポンプとして使われる光ファイバに結合された小さなオフセット周波数を持つ2 台のレーザを示す。発生したAC 電流は平面金属アンテナを駆動し、テラヘルツ波を真空フーリエ変換赤外分光( FTIR )システムの入力窓へと放射させる。最終的に、液体ヘリウムで冷却されたボロメータを使ってテラヘルツ波を検出する。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2012/07/201207_0024feature02.pdf