フォトニクスで捜査される犯罪はまったく割に合わない

ゲイル・オーバトン

かつての研究室内の破壊的で化学的な捜査に限られていた犯罪現場の証拠調査は、その痕跡が小さく顕微鏡サイズであっても、フォトニクス技術による非破壊捜査が可能になっている。

「犯罪は割に合わない(crime doesn’tpay)」という表現はかつてないほど現実味を帯びつつある。その多くがフォトニクスや光学技術に帰属する科学的手法は、実に洗練された水準に到達し、犯罪捜査に協力する科学者は容疑者と犯罪現場を確実に結び付けている。殺人現場に残された体液、毛髪、衣服の切れ端、土、植物の一部などのきわめて小さい痕跡は「殺人者と一緒に逃げる」ことができない。
 われわれは誰でも化学的DNA 分析が現在から何十年も前のさまざまな凶悪事件の解決手段になることを知っている。しかし、あなたは顕微分光光度測定が顕微鏡レベルの繊維製品の試料を同定し、また、1本の毛髪試料のレーザアブレーションがケラチンに存在する酸素、窒素、硫黄などの化学種の比を同定し(http://opfocus.org/index/php? topic=story&v=8&s=6を参照)、個人がそこで何を食べていたかを時間の関数として検出できることを知っていただろうか? 
 テレビで放送される『CSI:科学捜査班』、『BONES−骨は語る−』そして『Forensic Files』などの番組は法医学捜査の科学を世間に広めた。かつての研究室内の古典的、破壊的、化学的捜査に限られていた犯罪現場の証拠調査は、ごくわずかな微視的痕跡証拠しか残されていなくても、現在は光やレーザを用いることで可能になっている。例えば、中赤外分光法に比べると約10倍も高感度のラマン分光法は、試料の破壊や危険化学物質を使用しなくても、希薄な体液を高精度で分析できる。

犯罪現場

すべての犯罪捜査は最初の段階で犯罪現場を分析して、手がかりとなる液体や固体を探し出す。通常の「ブラックライト」、つまり紫外(UV)光(フィルタやゴーグルと組み合わせて可視度を改善する)は、自然蛍光を放射する精液、膣液、尿、汗および唾液を検出できるが、血液のシミは別の問題になる。血液はすべてのUV波長を吸収し、明るいバックグラウンドのなかでは暗いシミとして観察される。残念なことに、犯人は洗浄などをして血液のすべての痕跡を隠蔽しようとするため、UV分析法は役立たない。しかし、ハイテクのフォトニクスからはIR分光法という解決策が得られる。 
 洗浄により100 倍に薄められた血液のシミはIR分光法が効果的な検出手段になる。米サウスカロライナ大学(University of South Carolina)のスティーブン・L・モーガン教授(Stephen L. Morgan)とマイケル・L・マイリック教授(MichaelL. Myrick)は、「光学的分光法を用いた犯罪現場の生体液の高速可視化」の技術を開発し、2011年6月に国立司法研究所(NIJ)から助成金を受け
た( http://www.ncjrs.gov/pdffiles1/nij/grants/235286.pdf を参照)。彼らは非常に少量の血液に対して、ルミノールあるいはその他のアミドブラック、フルオレセイン、ロイコ結晶バイオレットなどの蛍光増強化学物質がしばしば偽陽性反応を示すことを発見した。その理由はこれらの物質の蛍光が血液ヘモグロビン中の鉄ばかりでなく、犯罪現場に自然発生していたすべての鉄とその他の関連物質からも触媒作用を受けることにある。
 対照的に、フーリエ変換赤外(FTIR)分光法は非破壊測定法であり、一般的な表面や織物の非吸収性バックグラウンドであっても、波数が1650と1540cm−1のヘモグロビンの強い吸収を非破壊で検出できる。
 モーガン教授とマイリック教授の測定装置はIR光源(赤熱バーまたは空間ヒータ)と通常の熱赤外線カメラを組み合わせて使用する。光源を高速にチョップし、画像の各画素をロックイン増幅器でデジタル処理すると、血液のシミのある部分とシミのない部分のコントラストが可視化され、識別が可能になる。検出器の応答は組み合わせ理論にもとづいて最適化され、シミュレーションによる設計プロセスにもとづいて、血液のシミのある部分とシミのない部分との識別を最大にする薬液用フィルタが選択される。さらに、この熱赤外線撮像技術による血液の検出を容易にするために、このチームは赤外線に透明な基板上の高分子膜からなる1つ以上の薬液用フィルタを用いて試料を観察し、血液と他の妨害物質との識別を可能にした(図1)。
 赤外線の撮像および分光法ばかりでなく、ラマン分光法も血液のシミと精液の検出感度を改善できるが、ラマン分光法は犯罪現場に残された少量の未知物質の同定にも重要な役割を果たす。
 米ニューヨーク市立大学(City College of New York)のジョン・R・ロンバルディ教授(John R. Lombardi)は、「ラマン分光法は赤外分光法にない利点をもつが、その重要性の多くは水のラマン散乱が低いため水性溶媒の検出に使えることだ」と語っている。われわれが携帯式分光計から学習していることだが、ロンバルディ教授は「水は赤外線を強く吸収して赤外信号を妨害するため、ラマン散乱は生化学に最適の検出手段になる」と付け加えた。
 しかし、ロンバルディ氏によると、ラマン分光法には、蛍光のラマン信号が弱く、干渉するという2つの欠点がある。幸いなことに、これらの2 つの欠点は分子を金属(一般に銀や金)ナノ粒子の表面に吸着させる表面増強ラマン分光法(SERS)を用いることで克服できる。ロンバルディ氏は「SERSを使用すると、ラマン信号は何桁も増強され、同時に蛍光消光(クエンチ)が起こる。信号は単一分子の検出を可能にする最大1014の増倍率が報告されている(2)。これは化学物質の痕跡量の同定に理想的な像倍率であり、SERSの法医学捜査への利用を拡大する基盤になる」と語っている。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2012/04/201204_0040pa.pdf