大不況の余震に動揺するレーザ市場

ゲイル・オーバートン、トム・ハウスケン、デイビッド・A・ベルフォルテ、コナード・ホルトン

世界の経済を混乱させた2008 / 2009 年の金融危機は収束したが、いまだに余震が続いている。欧州の債務危機と中国に起こりえる減速は、レーザ企業に対して2010 / 2011年の比較的平穏で利益のあった状態を中断させる。

レーザ市場は「大事件」、つまり2008、2009年の世界経済の大不況を生き延び、損失のほとんどを2010年の終わりまでに回復した。すべての指標は2010年から2011 年初頭までのレーザ企業がすべての予想より好調に推移したことを示している。しかし、2011年の第4四半期になると、発注の減少が始まった顧客も発生し、世界の株式市場は欧州のソブリン債務危機と中国に起こりえる減速をはじめとして、良いニュースと悪いニュースの繰り返しに激しく動揺している。これは大事件の余震なのだろうか? それとも到来するもう1つの不況の予震なのだろうか?
 米ロングボウ・リサーチ社(Longbow Research)の上級産業技術株式アナリストを務めるマーク・ダグラス氏(Mark Douglass)は、「欧州の景気後退と中国の顕著な減速の懸念は確かな根拠にもとづいているが、景気後退の厳しさは地域によって異なり、米国のように前向きな発展を継続している地域もある。具体的に言うと、企業は国内産業の市場において、レーザやフォトニクスなどの特殊な技術にもとづく自動化機器への投資を継続し、雇用を抑えながら生産性を改善しようとしている。銀行や住宅産業とは違って、産業経済の分野にはたくさんの資金があり、M&Aばかりでなく、既存の設備の高度化にも投資しようとしている。彼らは資金を銀行に預けたままで得られる利息で満足することはない」と語っている。さらに、ダグラス氏は「自動車のような市場はレーザへの大規模な投資を継続し、同様の投資は新しい応用のある通信市場でも起こるだろう。一方で、石油と天然ガス、農業、建設機械、医療機器、食品と飲料などの市場はフォトニクス技術に対する支出を続ける」と付け加えた。
 世界の2011年のレーザ販売は74億6000万ドルに達し、2010年に比べて14%の成長を示した。これはわれわれが昨年予測した11% の成長より3%も高い。しかし、われわれは2012 年に対して、大不況の余震がより長期にわたって継続し、そこでは悪いニュースと個人向けエレクトロニクス製品販売の継続的な増加とが釣り合い、製造コスト低減と自動化の必要性も増大し、マシンビジョンやレーザ加工装置が歓迎されると予想している。Laser FocusmWorld誌は2012年のレーザ販売が1.2%の小幅な成長になり、75億7000万ドルに達すると予測している。

デジャヴ?

Laser Focus World Japan誌が2009年3月号に掲載したわれわれのレーザ市場予測は、「強い不安の時代を迎えるフォトニクス産業」という適切な表題であった。2008年の終わりになると、世界の株式市場はその後に起こるであろう大不況に先駆けて30% も転落し、2009年のレーザ販売は前例のない23%の減少を記録した。幸いなことに、2010年の株式市場とレーザ販売は非常にうまく回復し、2010年のレーザ発明50周年を祝うことができた。レーザ市場は継続的な成長を続けて2011年に入ったが、欧州債務危機は最重要問題となり、2011年第4四半期と2012年第1四半期には不況の前段であった2008年
第3四半期と多少の類似性がある。
 経済学者の多くは、今回の大規模な財政不況が米国の住宅不況から起こり、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)およびその他のハイリスク・デリバティブにより増幅されたということで考えが一致している。これらの全体規模は世界の国内総生産(GDP)の10倍もあるという推定がある。
 しかし、これらの認識にもかかわらず、金融機関は何を学習したのだろうか? 2011年10月19日に開催された米国ボストン連邦準備銀行の第56回経済会議において、同銀行の頭取とCEOを務めるエリック・S・ローゼングレン氏(Eric S. Rosengren)は、「現在、多数の国のCDSレートが過去の標準レートに比べて非常に高く、ソルベンデフォルトに対する保証コストが大きく上昇したことを示している」と語っている。要するに、ローゼングレン氏は多数の国立銀行の資産規模がその国のGDPに対して恐ろしいほど大きい比率にあると述べている。財政の規律化は世界中で志向されているが、ローゼングレン氏は、「われわれがあまりにも大きくて潰せない銀行からなる世界規模の銀行システムを持っている。そのシステムが経済と国民に大きな損害をもたらすとしたら、そのことの解決は大きな課題として残されている」と警告した。
 フォトニクス産業の多くは、金融市場に危険が残り、新製品開発に対する融資は難しいと警戒している。米マーケットテック社(MarketTech)のCEOを務めるフィリップ・クロウリー氏(Philip Crowley)は、「NINJA ローン、つまりNo Income, No Job, no Assetsの頭文字で略称された融資の日々は過ぎ去った。銀行は融資しようとしないが、それは彼らが手元資金を増やせと言われているからだ。融資する会社の規模が小さいほど、銀行の融資リスクは大きくなる。これは1990 年代中頃と似ているが、あのときは売上高が1000万ドル以下の会社は小企業として扱われた。しかし、クロウリー氏はすべての融資元が厳しいとは認めず、「あなたに生き残れる技術と説得できる計画があれば、そのことに賭ける民間資本はあちこちにたくさんある。つまり、あなたはあなたの会社の株式売却などの対策をすぐに忘れることができる」と語っている。
 融資の難しさばかりでなく、われわれはレーザ市場と消費者支出およびGDP動向とが強く連関していることを痛いほど学んだ。したがって、最新のGDP統計は何をわれわれに語っているだろうか? 欧州ではユーロスタット(Eurostat,epp.eurostat.ec.europa.eu)がユーロ地域(16カ国)のGDPを報告し、2010年は1.8% の比較的安定な成長率を維持し、2011年と2012年はそれぞれ1.6%と1.8%の成長率になると予測している。これらの成長率は2009 年がマイナス成長(−4.2%)になったことを考えれば驚くべき改善になる。また、2011年8月の新規受注は前月に比べると0.7%の増加となり2010 年8月に比べると全体(変動の激しい船舶、鉄道、航空宇宙関連機器の受注を除く)で5.0%の増加になった。このことは2012 年に入ったレーザ材料加工市場の好ましい動向を予告している。
 大西洋を越えると、米国経済分析局(BEA, www.bea.gov)は米国のGDPが2009年第3四半期以降はプラス成長へと回復し、2010 年以降は四半期で約3.8%の増加になったと報告している。しかし、それ以降の変動は激しい。2011 年第1 四半期はマイナス成長に近づき、2011年第3 四半期の予測された2.5%の成長への回復は遅れ、2011年11月になると、2011年のGDP成長率は2011年1月の3.4〜3.9%の楽観的な成長率から1.6〜1.7%への下方修正になった。米国連邦準備銀行は2012年と2013 年のGDP 成長率をそれまでの予測からそれぞれ約1% 減らして2.5〜2.9%と3.0〜3.5%にしたが、その理由は全体の労働市場が弱く、失業率が高いことにあると述べている。
 このように、米国の雇用なき景気回復は続き、連邦準備銀行が予測する2013年までの失業率は7.8〜8.2%と高い値になっている。また、米国の2011年11月の購買担当者景況指数(PMI)は50.8%になり、27カ月連続して50%を超えたが(その原因は米ドル価値の下落にあるだろう)、JPモルガン銀行の全世界PMIは世界の生産高が3カ月続いて停滞したことを示す50.0%の横這いであった。
 ユーロスタットが報告した欧州の2011月10月の失業率は米国よりも高い10.3%であった。また、米トレーディング・エコノミクス社(Trading Economics)は日本の失業率が2011 年初めの約5%から4.1%へ低下したと発表したが、日本の2011 年四半期ごとの成長率は−0.5% から−1.0%に近いマイナス状態にあり、その大部分は2011年3月の実に悲惨な大地震と津波の発生の影響を受けている。
 新興国のGDPと雇用状態はそれほど悪くないが、レーザメーカーは神経質な状態にある。中国統計局は中国の2011年のGDP(約5兆9000億ドルで、日本の約5兆5000億ドルを超え、米国の約14兆6000億ドルと欧州のGDP合計の約12兆5000億ドルに続く)成長率は2011年第1四半期から第3四半期が年率9.4%であったと発表した。
 トレーディング・エコノミクス社のデータによると、中国のGDP成長率は依然としてほぼすべての国を凌駕しているが、大不況後の約10%への回復に比べると、着実に低下している。第3四半期だけを考えると、インド(約1兆7000億ドルのGDP)とブラジル(2兆1000億ドルに近いGDP)の2011年のGDP成長率は、それぞれ大不況前の約10%と6%に追随する約8%と4%を維持すると予測されるが、世界全体の2011年以降のGDP動向は横這いまたは減少になる。

メイド・イン・チャイナ

米サザンクロス・ベンチャーパートナーズ社(Southern Cross Venture Partners)の代表取締役とLaser Focus World誌のLarry’s VC View Blogの筆者を務めるラリー・マーシャル氏(Larry Marshall)は、「2011年から先の経済予測は中国を注視することだ。中国は過剰に消費し、過剰に投資してきた。いくつかの工場は閉鎖され、労働者はより高い賃金を要求している。そのすべてが米国の二番底不況の可能性を高めている」と語っている。
 このような意見はマーシャル氏だけではない。ロイター通信社の寄稿編集員を務めるクリス・テイラー氏(Chris Taylor)はYahoo! Financeの記事のなかで、「あなたがこれからの年月、金融資産のポートフォリオを膨らませる方法を真剣に知りたいのなら、欧州を忘れることだ」と述べている。テイラー氏は中国の株式市場は2 年近くも低迷し、2桁の成長後のGDPは9%台と低めの成長率になり、政府の外貨保有量の増加は減速状態にあると指摘している。テイラー氏は「弱気な観察者は過大な融資と過剰な住宅建設の2 つの動向を懸念している。これらは聞き覚えがあるでしょう?新都市開発の猛吹雪と直立した摩天楼が「幽霊都市」を構築し、現在、それは実質的に空っぽのゴーストタウンになっている。このような状況が持続した例はない」とも述べている。
 アイルランドのリサーチ・アンド・マーケッツ社(Research and Markets)は、中国の2010年のレーザ装置市場が5億8200万ドルに達し、2001~2010年の複合年間成長率(CAGR)は21.7%であったと述べている。市場シェアは切断、マーキングおよび溶接用の高出カレーザ装置が67%を占め、海外企業と国内企業を合わせて約200 社が中国製のレーザ装置を組み立てている。中国経済の減速が世界のレーザ販売に対してマイナスの影響を与えることは間違いない。

そして良いニュース

レーザ産業は2010年と2011年の世界の株式市場とGDPの回復を反映して、この期間にほとんどの企業が2桁の成長を経験した。しかし、より重要なことは、独トルンプ社(TRUMPF)、独および米ロフィンシナール・テクノロジ一ズ社(Rofin-Sinar Technologies, RSTI)、米IPGフォトニクス社(IPG Photonics)および米コヒレント社(Coherent)が多数のレーザおよびフォトニクスメーカーのなかで、 2011年の第2四半期と第3四半期を通して販売記録を達成したことにある。トルンプ社は2011年6月30日に終了した会計年度において、今までの最高となる前年比51%の販売増加を記録し、27億8000万ドル(201意2400万ユーロ)の売上高を実現した。トルンプ社の社長と執行取締役会の会長を務めるニコラ・ライビンガー-カンミュラー女史(Nicola Leibinger-Kamm tiller) は、「不況期の大幅な後退の後に、われわれの販売は世界の全地域において力強く成長した。中国が最も成長したが、ドイツとアメリカの市場も成長した。現在の会計年度に対しても、われわれは2桁の成長を期待している。 しかしながら、欧州の金融危機のために、成長は前年と比べて減速する兆しが現れている」と語っている。現在、トルンプ社は上海近郊の太倉にある工場を拡張し、2012年春に中国の生産能力を倍増しようとしている。
トルンプ社と同様に、レーザ材料加 工市場の分野で事業を展開しているロフィンシナール社は、2011年9月30日に終了した会計年度の正味売上高が5億9800万ドルとなり、前会計年度の4億2400万ドルに比べると41%の増加になった。RSTIの社長とCEOを務めるギュンター・ブラウン氏(Gunther Braun)は、「われわれの重要な応用分野である工作機械、自動車、エレクトロニクス、医療装置などへの販売が改善したことで、 われわれは2008年の不況前と同レベルの財務成果をあげることができた。 われわれの受注残高と拡大する品揃え、とくにファイバレーザは、現在の難しい市場環境にもかかわらず、2012会計年度の堅固な基盤になると確信している」と語っている。
 ファイバレーザについて、IPGフォトニクスのCEOを務めるヴァレンチン・ガポンチェフ氏(ValentinGapontsev) は、「2011年9月30日に終了した第3四半期も売上高と純利益の記録を更新した。第3四半期の売上高は材料加工用の高出カレーザの力強い成長が続いて前年同期比62%以上の増加となり、1億2910万ドルに達した」と語っている。計測機器とR&Dの分野では、コヒレント社も2011年の販売が新記録となり、2011年10月1日に終了した会計年度の正味売上高は、前期の会計年度の6億500万ドルに比べると32%以上も増加し、8億300万ドルに達した。コヒレント社の社長とCEOを務めるジョン・アンブロセオ氏(John Ambroseo)は「第4四半期の好調な業績によって、販売、受注、営業利益および1株利益が通年にわたり好調を維持し、この会計年度は新記録の年になった」と語っている。第4四半期の受注残高は前四半期の31意6900万ドルから3億5600万ドルヘと減少したが、アンブレセオ氏は「われわれの各市場の販売と受注は通常通りであったが、第4四半期の受注減少のほとんどはアニール用のFPD(フラットパネルデイスプレイ)の受注時期の影響を受けている。われわれはFPDの生産能力を増強しているアジア中の多数の顧客を相手にしているため、2012会計年度は十分な受注が得られると期待している」と付け加えた。
 中小規模のレーザ会社が融資と投資資金を確保することは間違いなく難しいが、最大規模の会社は補完的なレーザ技術の買収に十分な手元資金を確保している。さらに言えば、レーザ市場はすでに飽和し、製品は多くの分野で汎用品となり、われわれが2009 年のレーザ市場予測において初めて報告した企業合併の動きは2012年も続く。英グーチアンドハウゼゴ社(Gooch&Housego)は2010年の終わりにEM4を買収し、2011 年の夏になると、米ニューポート社(Newport Corp.)は米ハイキュー・テクノロジーズ社(High Q Technologies)と米オフィール・オプトロニクス社(Ophir Optronics)を買収し、米IDEX社(IDEX Corp.)はCVIメレグリオ(CVI Melles Griot)を買収、英ハルマ社(Halma)はアヴォフォトニクス(Avo Photonics)を買収した。
 以上をまとめると、レーザビジネスは2010年と2011年がブームであった。しかし、このブームは一連の地震をともなう大音響だったのだろうか? それは時間だけが教えてくれる。当分の間、Laser Focus World 誌はわれわれの多くが関係するレーザ技術の毎年の興味深い応用と新しい市場の可能性に焦点を合わせてレーザ市場を分析する。

小型機器と半導体レーザ50周年

米国半導体製造装置材料協会(SEMI)が最新の予測のなかで世界の2012 年の生産設備への支出が3% の減少になると述べたように、現在の半導体産業は下方への景気循環の過程にある。好調であった半導体産業は2011年の生産設備への支出を410 億ドルの高いレベルに増やしたが、その多くはiPhoneやiPadなどのタブレット型「スマート」電子機器の生産設備であり、幸いなことに、これらのハイテク電子機器はそのほとんどの部品の生産に対して、切断、マーキング、アニール、パターン形成など加工用レーザが必要であった。独カールスルーエ工科大学(Karlsruhe Institute of Technology, KIT)のジュエルグ・ロイトホルト教授(Juerg Leuthold)がカリフォルニア州サンノゼで開催されたFrontiers in Optics 2011において、「光学の最新の話題」の演題で述べたように、「現在の地球には人口以上の数の接続されたデバイスがある」。
 2012年は半導体レーザの発明50年になる。米アルファライト社(Alfalight)の営業担当副社長を務めるロン・ベクトルド氏(Ron Bechtold)は、「アルファライトは半導体レーザの将来を楽観している。軍の平和維持活動の分野では市民のレーザ損傷リスクを限定する安全なレーザ技術が生まれている。その1例は330mWの緑色レーザと測距計を組み合わせて、個人が接近するときのアイセーフ地点の管理を容易にする。欧州のWWW.BRIGHTER. EUプロジェクトおよびテラダイオード(TeraDiode)やレーザライン(Laser line)などの企業は、材料加工用の電流注入半導体レーザのビーム品質を着実に改善している」と語っている。
 レーザが用途を探索しなければならない時代は終わった。レーザ技術だけで初めて可能となる新しい応用がひんぱんに報道されている。最近の実例にはAppleの iPhoneの微細孔レーザ加工がある。穴は非常に小さいため肉眼ではほとんど見えないが、アルミニウム筐体を通してiPhone上のスクリーンに緑色光を照らすと、カメラの操作を認識できる。また、このようなレーザ加工した微細孔はLED 性能の改善にも重要な役割を果たしている。台湾のゲム・シン・エレクトロニクス社(Gem Hsin Electronics)はレーザ精密加工技術を使用して、LEDの真下に非常に微細な穴を開け、加熱された空気のヒートシンクへの流出を可能とし、LEDの効率と寿命を改善した。昨年の米マイクロソフト社製キネクト(Kinect)のゼスチャ認識レーザ装置と同様に、新しい応用がレーザ販売を鼓舞しようとして待ち構えている。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2012/03/201203_0018lasermarketplace2012.pdf