研究からコンシューマ分野へと展開するフォトニクス技術

ジョン・ウォレス

2011年は「革新的な」フォトニクス技術が、エンターテインメント分野でそのユニークさを発揮し、また先端科学や研究に貢献するものもあった。

優れたテクノロジーの特徴の一つは、時間が経過するとともに一層利用しやすくなることである。かつて深遠であった科学技術は家庭、職場、自動車などに活用され(レーザマウス、LEDヘッドライト、コンピュータゲームモーションセンサなど)、一方では非常に異端な技術がいわゆる実用的な異端技術へと変身した(量子暗号処理など)。
 われわれは幸運にも、2011年の一般誌を大いに賑わした革新的技術(iPad、スマートフォンなど)に対するわれわれ自身の見解をLaser Focus World誌に寄稿する機会を得た。そこで、さまざまな手段で一般の人々にアピールしたフォトニクスイノベーションを取り上げることによって、2011年の科学技術のレビューを開始しよう。

全ての人が恩恵をこうむる技術

各種照明用の高効率で十分に低コストな白色LEDの開発を切望する声が、10年以上の研究を経て、LED の効率(通常はlm/Wの単位の発光効率)を劇的に向上させた。しかしLEDは効率ドループに苦しみ、最高効率(最高265lm/W)は非常に低い光量レベルでしか実証されなかった。実用的な光量を発生させるには大きな駆動電流が必要になり、効率はほぼゼロのレベルにまで低下した。米ニューメキシコ大学、サンディア国立研究所、国立標準技術研究所(NIST)の研究チームは、効率ドループをこうむらないレーザからなる4色光源を作製し、そのレーザ光が照明用として十分に高い演色品質を持つか否かを試験した(Laser Focus World 2011年8月号p.17〜18を参照)。試験装置内で赤色レーザダイオードを黄色、緑色、青色の固体レーザと組み合わせた。その結果はイエスであり、この光源は少なくとも白色LEDと同程度に目を満足させた。将来の全レーザダイオードベース光源はあらゆるタイプのLEDよりもはるかに高い効率になるだろう。
 似たような趣旨において、独BMW社は、黄色の蛍光体と青色レーザダイオードの組み合わせを利用して白色レーザヘッドライトを作製する実験を行っている(http://bit.ly/mUx7wZを参照)。その長所は、このレーザがLEDに比べて、ビーム広がりが小さく、高効率で、小型であるため、斬新なスタイリングへの可能性が広がるということだ。
 コンピュータアニメーション映画またはゲームで使用する人の動きのデジタルキャプチャは、通常、設定された単一のステージで実施される。(最も有名な例はマイクロソフトのキネクト(Kinect)モーションセンサであり、デバイスの前で跳ね回るゲーマーの動きを赤外線(IR )ビームとセンサを使って決定する。)しかし、ステージなしの屋外での動きをキャプチャする能力が得られれば、人々はどでも、いつでも、望むところのどこにでも移動しながら、風景をステージ化することができるだろう。ディズニー・リサーチと米カーネギーメロン大学のコラボレーションがまさにこれを実現した。ウェアラ
ブルハーネス( http://bit.ly/sOIJQf を参照)には全方向に向いた16個以上の小型ビデオカメラが装備されている。基準構造を対象とした初期キャリブレーションの後は、各カメラの位置はハーネスを着用している人との関係値により把握される。使用時に、着用者は歩き、走り、あるいは身振りで合図することもできる。各カメラは異なる視界を撮影し、すべての視界をソフトウェアによって一つに統合することで着用者の手足と胴体の動きを追跡する(図1)。このような技術を使えば、すべての世界がステージ(またはゲーム)に変身する。
 読みやすい白黒のディスプレイを提供する米E-Ink 社の電気泳動技術を利用したアマゾン キンドル(Amazon Kindle)のような商用電子リーダに加えて、より高いコントラスト能力を持つ他の技術も開発された。1 つの例はエレクトロウェッティングであり、そこでは、各画素が着色流体(一般に黒)を保持し、電圧を印加するとその流体が移動してバックグラウンド(通常白)を露出させるか、あるいは隠す。しかし、このようなディスプレイは、液滴の移動に必要な高い電圧が障害になる。米マサチューセッツ工科大学リンカーン研究所とタフツ大学の研究チームは、わずかな電圧だけで液滴の濡れ角( 10°〜140°)が大きく変化し、可逆的に濡れ性になる誘電体として、酸化ハフニウム膜上の脂質二分子層を使うことにより、改良エレクトロウェッティングシステムを開発した(Laser Focus World 2011年9月号、p.10〜11を参照)。画素はいかなる劣化もなしに連続して何日間も繰り返し使用することができる。
 高解像度ディスプレイははいずれもフラットというひとつの特性を共有しているように思える。しかし2011 年、日本の三菱電機はほとんど可能な限りフラットでない大型有機LED(OLED)ディスプレイを初公開した。この球は各サイズが96×96mmの1万362 個のOLEDパネルで覆われたアルミニウムボールから構成されており、現在、日本科学未来館に吊り下げられている(図2)。約1000万画素を使っているこのディスプレイは確かに高解像度といえる。この地球儀は、主に気象衛星から取得された雲の光景と地球の他の光景を表示するのに使われている。
 ウェアラブルフォトニクス、すなわち、発光体または検出器、あるいはその両方を含む布がバイオセンサ用途向けに開発されている。そして、その良否はともかく、ライトアップされ色を変える、ビデオプレーヤとしての衣服がファッション表現として考案されている。1つの問題は伸縮性をもつ発光体がほとんどないことだ。この障害ゆえに、これまでは接点にLEDまたは他のデバイスを取り付けたワイヤメッシュが作られてきた。しかし米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA )の研究チームは、本質的に伸縮可能な高分子発光素子を開発した。導体にカーボンナノチューブを使用した、この全発光シートは損傷せずに最高45%伸ばすことができる(Laser Focus World 2011年9月号、p.20を参照)。デバイスが伸長されると、発光出力は幾分低下し、部分偏光が起きるが、発光体が緩和を許容されると完全に回復する。

図1

図1 ウェアラブルカメラハーネスは、ランニングなどの高速な場合や遠方を横切る場合も含めて、人の動きを屋外でキャプチャすることを可能にする。(資料提供:カーネギーメロン大学)

図2

図2 1000 万ピクセルを含む球形OLED ディスプレイが日本科学未来館に吊り下げられている(トップ)。その基礎は8 等分されたアルミニウム球である。(資料提供:三菱電機)

最先端の研究成果

技術用語に馴染みのない人にとって、フォトニクスの世界をさらに深めた多くの技術は上記の例に比べて理解がさらに困難になり、具体的なものではなくなるだろう。しかし、研究チームは消費者の熱狂を呼び起こそうとしていないだけであり、その研究が大きな利益をもたらさないという意味ではない。最も難解な研究でさえ潜在的に実用性を持っている。
 例えば、米コーネル大学の研究チームはフォトニック時間マントを創生した。これは、光ビームで「時間ホール」を作成し、次いでそれを取り去ることによって、時間ホール内で起きた出来事を誰からも観られないようにすることができる(Laser Focus World 2011年9月号、p.16〜18を参照)。これは、このビームの前後の部分をそれぞれ加速および減速し、次に、この過程を逆にすることで実現される。四波混合に基づいて、1 次元の光ファイバベース効果を使って別のパルスからのビームを隠すことにより、起きたであろう非線形相互作用を時間レンズなしで取り除くことができた。このデバイスはフォトニック回路のゲートキーパーの一タイプとしていつの日か役立つであろう。研究チームは、このデバイスが完全な時間・空間不可視マントへの一ステップであると語っている。
 マイクロリング(アクティブとパッシブ)や他の微小共振器は、共振変化を起こすことによって、非常に敏感な粒子検出器としての機能を果たす。米ワシントン大学の研究チームはナノ粒子の存在を検出し、それらを816 個までカウントすることができるマイクロリングレーザを開発した(図3)。これは、モード分裂または共振シフトによって、空気中の直径30nm のポリスチレン粒子、直径20nm の金粒子、インフルエンザA 型ウイルスなど、そして水中の直径60nm のポリスチレン粒子を検出し、カウントすることができる。
 米メリーランド大学と北京師範大学の研究チームによって作成された乱数発生器は、スーパールミネセンスLED(SLED)を使って、2つにスペクトル分離された並列で独立な10Gbit/s のランダムビットストリームを提供する(LaserFocus World 2011年3月号、p.18〜20を参照)。この装置はセキュアキー生成からゲームにいたる多数の潜在的用途を持っている。
 オランダのアムステルダム自由大学とライデン大学の研究チームは、かつて「アラインアンドシャイン」フォトリソグラフィーを使ってスリットなどのパターンを光ファイバ端に形成したが(Laser Focus World 2009年3月号、p.21〜24を参照)、最近、この技術を使ってファイバ端に低質量の金カンチレバーを作製した(1)。このカンチレバーはファイバを励起する光を反射してそのファイバに戻し(光インテロゲーションを可能にし)、早期癌診断や他の用途のための生化学物質の高感度検出器としての役割を果たす。仕上げられたカンチレバーは厚さ350nm、長さ22μm、幅7μmであり、共振周波数は447kHzであった。

図3

図3 ゾルゲル法で作製されたエルビウムドープガラスオンシリコンマイクロリング共振器レーザは、そのモード場に入ってきた数百のナノ粒子を検出し、カウントすることができる。(資料提供:ワシントン大学セントルイス校)

(もっと読む場合は出典元へ)
出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2012/02/201202_0026feature02.pdf