光学コーティングメーカーに挑む軍用レーザ技術

トレイ・ターナー、マーク・ダメリー

軍用の光学コーティングはしばしば同時に多くの難しい要求を満足しなければならない。光学コーティングメーカーはさまざまな設計と製法の提案によってそれに応えている。

軍用の光学コーティングは薄膜メーカーに対して一連の特殊な要求を突きつける。そこでは一般に極端な苛酷環境における非常に厳しい光学性能、例えば、高いレーザ損傷閾値、広い受光角、いくつかの広く離れた波長での優れた性能、少ない波面歪み、広い温度と湿度範囲でのスペクトル安定性、良好な機械的耐久性などが要求される。
 軍用レーザの最大の用途は測距と目標指定(標的認識)にある。飛行時間測定により可能となる測距は、一般に波長1064nmの出力をもつパルスNd:YAGレーザを使用するが、1.5μmよりも長い「目に安全な」波長で行われることもある。目に安全な波長は半導体レーザ、エルビウムガラスレーザ、光パラメトリック変換器(OPO)を用いるNd:YAGレーザの基本波長変換などにより生成される。
 標的認識は対象となる標的のレーザスポットによる「ペインティング」が含まれる。そこではレーザ誘導兵器(爆弾やミサイル)に搭載された検出システムがレーザで照明された「ペインティング」を検知し、兵器は弾道が標的に向けて誘導され、レーザスポット上に到達する。レーザビームは独自の符号で変調され、それぞれのレーザ誘導兵器が同時に照明されている複数の標的を識別できるようにする。その多くは1064nmの波長で動作するように設計されるが、レーザ出力は測距の場合よりも高くして信号対雑音比を最大にする。
 標的追跡システムの多くは、レーザとは異なる波長で動作する1 つまたはそれ以上の撮像システムや視覚システムを組み合わせて使用する。これらのシステムは可視波長の望遠鏡、暗視装置または熱探知カメラ、中赤外(3〜5μm)前方監視赤外(FLIR)システムなどを内蔵する。FLIRの中赤外波長は煙、霧、もや、雲などを十分に透過する。
 これらのシステムは前線配置や隠蔽配置用の携帯装置から航空機の胴体に取付ける大型補助タンクや砲塔部品までのさまざまな形態で供給される。しかしながら、いずれの場合も全体の実装寸法と重量の最小化は重要な課題になる。したがって、レーザ、可視波長照準器およびFLIR は一般に、同一の光学系と共通ビーム光路を使用して構成される。このような方式はマルチスペクトル動作と呼ばれる。長距離(最大10km)を伝搬する標的追跡/認識用のレーザビームは波面歪みの厳しい仕様が要求される。

コーティングへの要求

認識と測距用の光学系は薄膜コーティングの設計と製作に対する要求がますます複雑になっている。例えば、可視または1064nm波長で作用し、同時に中赤外でも動作するコーティングの設計は非常に難しい。このように広く離れた二つの波長帯での動作を可能にするコーティング材料は極めて限定される。
 これらのコーティングは広いスペクトル動作ばかりでなく、広い角度範囲の動作も必要になる場合が多い。その例には垂直入射の許容範囲角が広いビームスプリッタや低いf数のレンズがある。このような光学系のコーティングは、とくに大きい角度範囲とマルチスペクトル動作の組み合わせを厳しい偏光無依存仕様で設計するときに、非常に難しい作業となる。
 このような複雑な設計ではいくつかの厳しい挑戦が必要になる。その理由の1つはマルチスペクトルコーティングが基本的に複数の積層からなり、それぞれが異なる機能をもつことにある。例えば、これらの積層の一部は3〜5μm用の無反射コーティングとして機能し、他の部分は1064nmでの高い反射率が必要になる。これらの層は1つでも許容範囲を超えると、すべての層が役に立たなくなる。したがって、コーティングの必要な層数が増えると、歩留まりは指数関数的に悪くなる。
 先進機能を実現するための層数の増加は膜厚のかなりの増加をもたらし、機械的応力の増加を引き起こす。このことは設計者が部品のアスペクト(厚みに対する直径)比を大きくして重量を軽減したいときに問題となる。実際のところ、コーティングの高い応力は薄い部品の形状を設計からずらし、部品と全体システムの波面歪みを増加させる。
 システムの小型化と軽量化を実現するために、設計者は部品の直径を小さくする。しかしながら、部品の直径の縮小は必要となるレーザビームの直径の縮小をもたらし、パワー密度の増加を引き起こす。その結果として、レーザ損傷の閾値がしばしば問題になる。このことは比較的高いパワーで動作する波長を設計目標にするときに起こりやすい。
 最後に、戦場での光学系の使用条件も独自の難しさをもたらす。とくに、これらのシステムは温度と湿度の範囲が大きく、航空機に搭載され、塩水噴霧や煙などの汚染に曝されることもある。

設計と蒸着の方法

コーティング仕様をあまりにも厳密に決定すると、生産コストが大きな影響を受ける。したがって、コーティング設計の最初の段階では、仕様が目標性能を正確に反映していることをユーザが確認することが重要になる。例えば、ビームスプリッタの偏光無依存性の設計では、平均的な反射率を全体の角度範囲に対して満足させる仕様と、設定を最も極端な入射角に対して実現する仕様を比較すると、前者の方が間違いなく容易であり、コストも低くなる。
 蒸着に関しては、熱蒸着、イオンアシスト蒸着、イオンビームスパッタリングの3つの方法が広く使われている。それぞれには利点と欠点がある(図1)。
 熱蒸着(いずれも抵抗加熱または電子ビームを使用)は最も広く使われている。この方法は、非常に広範囲の材料を使用できる、コーティングは深紫外から遠赤外までのすべての波長に対して最適化できる、最低コストで蒸着できる、などの利点が得られる。熱蒸着の最大の欠点はコーティングが湿度を吸収する多孔性になり、その結果、層の有効屈折率が変化することにある。

図1

図1 蒸着法は水分を吸収する多孔性被膜をコーティングするが、この問題はIADを用いることで軽減され、IBSでは完全に解決される。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2012/01/201201_0018feature01.pdf