100℃動作センサ用赤外830nm半導体レーザ開発

井上 憲人

シャープは、業界最高動作温度100℃に対応するセンサ用赤外半導体レーザを開発した。狙いは、モバイル機器など、小型デバイスへの搭載。

情報記録からセンサ市場へ

シャープの半導体レーザの歴史を見ると、1982年の業界初CD用レーザから始まって今日までに、MD用、DVD-R用、2波長レーザ、BD用と情報記録分野向け半導体レーザで「業界初」を記録している。
 翻って昨今の市場を展望すると、事情が大きく変わってきていることに気づく。2012年3月に光産業技術振興協会(光協会)が発表した「光産業の国内生産額」では、情報記録分野の減少傾向が鮮明になっている。同調査ではこのセグメントは、光ディスクと半導体レーザに分かれるが、2011年度見込額はそれぞれ前年度比22.1%減、45.8%減とされていた。情報記録とは、CD、DVD、BR などを指す。この市場セグメントでは、消費市場へのブロードバンドの浸透とクラウドコンピューティング、データセンタの急速な展開にともない記録された情報の利用の仕方にパラダイムシフトが起きている。情報を記録した媒体を購入してそれを再生するという従来のスタイルが、クラウドデータセンターにある情報(音楽、映像など)にインターネットを介してアクセスし利用するスタイルが一般的になりつつある。スマートフォンやタブレットなどのモバイル端末さえ持っていれば、いつでもどこでも好きな素材を視聴することができる。このようなパラダイムシフトは、光産業のうちの情報記録分野の生産額の縮小となる。
 一方、「センシング・計測分野」のうち「光センシング機器」セグメントは、2011年度見込額でも2012年度予測でも横這い状態を維持している。今後この分野がどのように展開していくかは、光協会の調査から知ることはできないが、新たにセンサ用半導体レーザを開発したシャープの狙いは時代の変化に即応した動きであると見ることができそうだ。
 シャープ電子デバイス事業本部ライティングデバイス事業部第一開発部参事、松本晃広氏は、新開発のレーザのアプリケーション例として、ゲーム機などのジェスチャー入力デバイス、電化製品の距離センサを挙げている。これらの分野も、他の多くの分野と同様に「デバイスの小型・軽量化、低消費電力化」のトレンドに乗ると考えれられる。シャープが開発したセンサ用赤外半導体レーザは、デバイスに求められるこれらの要件に応えることを念頭に開発されている。
 新開発のレーザの特長3つは、動作温度、電力-光変換効率、光出力。これらの技術の詳細は、同社の商品戦略上の理由から公開されていないが、松本氏が挙げている赤外半導体レーザの特長が、それぞれどのような効果を狙ったものであるかを見ていくことにする。

100℃動作の実現

シャープが開発した赤外半導体レーザの波長は830nm。教科書通りに言うと、III-V 族半導体レーザでは材料の組合せによって出力波長が異なり、波長0.7〜0.9μmのレーザはGaAs基板、活性層AlGaAs。これよりも長波長の通信用レーザはInP 基板、活性層InGaAsP となる。シャープが新たに開発した830nmレーザは、CD用の780nmレーザをベースにして、アルミの組成を変え出力波長を長波長に振っている。これに加えて、100℃動作を実現するために「層構造の最適化を行い、結晶材質を高温特性に適したものにした」というのが松本氏の説明。「最適化」の内容は、「材料の組成、井戸の構造、層の厚みの最適化」などと言うことだが、それぞれについての詳細は伏せられている(図1)。
 チップは、アルミ系のレーザでよく見られるリッジ構造。松本氏の表現によると「レーザはシングルモードできれいな放射光」ということなので、単に組成の最適化だけではなく、リッジの加工精度がよいことも示唆している。30年以上の半導体レーザ開発の歴史を持つシャープとしては、これは当然のことと言っていいだろう。

図1

図1 電流-光出力温度特性。新製品は、温度上昇にともなってしきい値電流はあがっているものの、200mA 駆動時の光出力低下率は13%(25 → 100℃)にとどまっている。それに対して、市販の従来製品では、同じ条件で光出力の低下率が48%となり、温度変化による劣化が大きい。

電力-光変換効率42%実現

もう1つの特長は、電力‐光(EO)変換効率42%を実現したこと。従来のシングルモードレーザのEO変換効率は35%程度。それを7%向上させ、42%まで伸ばした。これを実現するために行ったことは2つ。1つは発光効率の改善。もう1つは電力を下げたこと。具体的に何をしたかについて、オープンにできる範囲で松本氏は次のように説明している。
 「発光効率を上げるためにP型クラッド層内の光吸収を低減した。これは、組成の最適化、パラメータを変えて可能な限り吸収が起こらない条件の成長層にした。これにより取り出し効率が改善されている。もう1つは、P型クラッド層厚低減による低抵抗化、駆動電圧の低減。これは、電流を流すのに抵抗を下げるということ。つまり、電流が流れる厚みをできるかぎり薄くして抵抗を下げた」(図2)。
 これらを一言にまとめると「トータルで最適設計ポイントを見つけ、設計通りに精度よくチップを作製する」となる。

図2

図2 チップ構造。電圧を加えると電流がリッジストライプのところにだけ流れる。光が閉じ込められ、共振して発振する。発光効率を上げるためにP 型クラッド層内の光吸収を低減(組成の最適化)。P 型クラッド層厚低減による低抵抗化、駆動電圧の低減。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2012/12/201212_0024feature02.pdf