従来の課題を克服するチップベースの共振分光法

ステファン・J・スウィーニー

共振に基づく検出手法を利用する新しい概念の分光法を紹介する。この手法では、従来の半導体プロセス技術を用いて製造された単一の完全にモノリシックなコンポーネントにおいて、光の分析と検出の両方が行われる。

レオナルド・ダ・ヴィンチが15世紀に、プリズムから回折する太陽光の観測を行ったことが、分光法として現在知られている分野の起源となっている。科学的好奇心に端を発した分光法は現在、食品の品質試験から、宇宙における遠い天体の組成の推測にいたるまで、多様な物質を分析するための主要な技術となっている。分光技術は、幅広い分野において利用および開発されているが、その基本技術はこれまで、ほとんど変更されていない。しかし、われわれが「Solo Spectroscopy」と呼ぶアプローチは、この分野における大きな進歩をもたらすものである(1)〜(7)。

口絵

口絵 Solo Spectroscopyのプロトタイプチップを英国のペニー硬貨の上に配置して撮影した写真。この分光器チップのサイズは0.5平方ミリメートルにも満たない。

従来の分光法

分光法は、回折を利用するものが最も一般的である。現在の分光器は、プリズムではなく回折格子を使用して、広帯域の光をその構成波長に分光する。分光された光は、固定の検出器(格子側が回転する)、または、より一般的な構成では、固定の格子と、複数の要素で構成されるCCD( charge coupled device:電荷結合素子)検出器アレイによって収集される。高分散格子と比較的安価なCCDの開発によって、コンパクトで、多くの場合においてUSB制御が可能な分光器が、広く利用されるようになった。このようなシステムにおいては、分光器の分解能が、格子による分散と、格子から検出器までの距離(筐体のサイズ)によって制約される。
 フーリエ変換赤外(FTIR:Fourier transform infrared)分光法として知られる別の手法では、異なる仕組みが採用されている。入力光はまず、2つの経路に分割される。一方の光は、他方に対して位相がずらされる。続いて光は再結合され、位相のずれに依存する強度パターンを形成し、それが検出器上に記録される。その後、データに対してフーリエ変換を実行することによってスペクトルが測定される。
 FTIR の手法は、格子に基づく分光法とは全く異なるが、両者には共通の特徴もいくつか存在する。まず、両方とも独立した分光(格子または可動ミラー)および検出(光検出器またはアレイ)コンポーネントを使用することである。これらのコンポーネントは、ミラーやレンズなどの他の光学部品とともに何らかのパッケージ内に収められる。これらの手法は、MOEMS(micro-optoelectro-mechanical system)を使用するか、分光のための何らかの手段を提供する、薄膜フィルタまたはプラズモニックフィルタなどを使用することによって、小型化することが可能である(8)〜(10)。
 上記の手法を採用する分光システムはすべて、本質的に複数のコンポーネントで構成されることになる。そのために、製造は複雑でコストがかかり、光軸の不整合や誤動作の可能性があり、迷光によって最終的には分光器の性能が制約されるという問題を抱える。このような問題を解決するには、分光法の実装方法における抜本的な変更が必要である。

サイズと性能のスケーリング

格子やFTIR に基づく分光法とは異なり、Solo Spectroscopyでは、単一のコンポーネントによって、分散と検出という分光器の主要な機能の両方を実行する。またSolo Spectroscopyでは、半導体製造技術を最大限に活用し、完全な機能を備えた分光器を、よりレーザダイオードに近い、非常に小さな占有面積上に実装する。
 Solo Spectroscopyの原理は、波長分割多重通信(WDM:wavelength division multiplexing)における光スイッチングに使用されるOADM(optical add drop multiplexing: 光分岐挿入多重化)に似ている(11)。OADM システムでは、パッシブデバイスを用いて、ある光導波路から別の光導波路へと、何らかの選択フィルタまたは共振器を介して、特定の波長の光を選択的に結合する。SoloSpectroscopy はこの手法におけるいくつかの側面を応用し、導波路に密接に結合されたマイクロディスクまたはマイクロリング共振器によって、広帯域の光を導波路へと結合する(図1)。
 共振器は、特定の波長を各ディスクへと選択的に結合するように設計されている。他の波長が引き続き導波路に沿って伝送される一方で、それらの波長は各ディスクにおいて、ウィスパリングギャラリーモードを形成する。OADMとは異なり、このデバイスは光効率の高いアクティブ材料で製造されている。つまり、共振器における結合光を吸収する、直接バンドギャップのIII-V族半導体である。波長の選択性は、共振器のサイズと構成によって決まる。共振器は、有限差分時間領域(FDTD:finite difference time domain)と半導体バンド構造のシミュレーションを使用して開発および設計されている(図2)。
 使用可能な半導体材料の種類は非常に豊富であるため、この共振器技術は、窒化ガリウム(GaN)合金を用いることによって遠紫外域向けに、ヒ化ガリウム(GaAs)またはリン化インジウム(InP)合金を用いることによって近赤外域(NIR)向けに、さらにはアンチモン化ガリウム(GaSb)合金を用いるか、よりバンドギャップの大きい半導体におけるバンド内遷移を利用することによって中赤外域向けにと、広いスペクトル範囲に対して実装することができる。

図1

図1 有限差分時間領域(FDTD)シミュレーションによって、右側の共振ディスクと左側の2つの非共振ディスクを示した様子。

図2

図2 1600〜1610nmの近赤外範囲における、Solo Spectroscopy 21ディスク分光器によるスペクトル特性の様子。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2012/12/201212_0020feature01.pdf