単一サイクルパルスの探究の進歩をもたらすスペクトル広がり

ジェフ・ヘクト

光パルスのスペクトル幅をオクターブに広げる技術はパルス長の単一サイクル光への圧縮が可能になる。現在はエルビウムドープレーザによるわずか1.3サイクルのパルス長が最短記録になっている。

単一サイクルパルスは究極の超高速光のように思われる。パルスの連続性は時間を単位にして測定されることが多く、時間尺度での超高速物理学はアト秒(10-18秒、as)領域に到達し、現在は80asが最短記録になっている。しかしながら、従来のアト秒パルスにはいつでも数サイクルの高周波電磁波が含まれていた。単一サイクルパルスは
より強力な測定手段となり、高速できれいなアト秒パルスの生成が可能になると期待されている。
 最近の研究は近赤外(NIR)レーザのスペクトル広がりを用いることで単一サイクル領域に到達している。独マックスプランク量子光学研究所(Max Planck Institute for Quantum Optics)のTi:サファイアレーザによる実験は、1.5サイクルパルスを実現している。独コンスタンツ大学(University of Konstanz)のアルフレッド・ライテンストルファー氏(Alfred Leitenstorfer)のグループは、エルビウムファイバレーザを使用して1.3サイクルの記録を達成している。これらの結果はパルス生成の高度な制御が可能になったことを実証している。

変換限界

超高速パルスの生成限界は不確定性原理にもとづく変換限界に相当する。つまり、パルス継続時間(時間の不確実性:Δt )とスペクトル幅(周波数の不確実性:Δν)の積が少なくとも0.441に等しくなければならない。

Δt×Δν≧0.441

 この式は短いパルスが非常に広いバンド幅から生成されることを示している。1フェムト秒(fs)のパルスを生成するには、少なくとも441THzのスペクトル幅、つまり可視スペクトルの全体にわたる帯域幅が必要になる。3fsパルスは1fsパルスに必要な帯域幅の3分の1に相当する約150THzのスペクトルが必要になる。
 パルスのサイクル数はレーザの中心周波数とパルス継続時間に依存する。波長が長いほど、そのパルス長のサイクル数は少なくなる。最短パルスの生成に必要な最大帯域幅をもつレーザには、NIRを放射するTi:サファイアレーザとエルビウムドープファイバレーザがあり、このような帯域の単一パルスは数ミリ秒にわたり発振する。
 どのようなパルス継続時間であっても、単一サイクルパルスの生成には1オクターブよりも広いスペクトル幅が必要になる。Ti:サファイアレーザとErドープファイバレーザの本来の利得帯域幅は1オクターブに達しないが、非線形光学技術を使ってパルスを延伸すると、より広い波長のスーパーコンティニュアムの発生が可能になる。この技術は最近の数年間に大きく進歩し、単一サイクル領域に近づく少数サイクルパルスの生成にとって十分な広帯域スーパーコンティニュアムが得られるようになった。

T:i サファイアレーザ

初期の成功は2003年であった。北海道大学の山根啓輔氏と同僚は、790nmに中心をもつTi:サファイア増幅器からの継続時間30fs以下のレーザパルスを 2つのビームに分岐し、その1つをアルゴン充填中空光ファイバに入射した。ファイバを通過したビームは495 ~1090nmの1オクターブ以上に拡大した。次に、彼らはビームを位相補償装置に入れてチャープを取り除き、彼らが計算した3.0fsの変換限界に近い3.4fsの1.56サイクルパルスを発生させた(1)。ごく最近、独ライプニッツ大学ハノーバー校(Leibniz University Hannover)量子光学研究所のステファン・ラウシュ氏(Stefan Rausch)と同僚は、600から1200nm以上を放射する 1オクターブ広がりのTi:サファイア発振器を開発した。彼らは特別設計の分散鏡とパルス成形装置を使用してシステムのキャリアエンベロープオフセット位相を安定化し、約2サイクルの4.4fsパルスを発生させた。80MHzの繰返し速度での平均パワーは90mWに達したが、パルスエネルギーは約1.25nJの小さい値であった(2)。
 2サイクル以下のパルスは広帯域パラメトリック増幅器を用いることでも生成され、出力が1200~2100nmの範囲に広がる中心1.6μmの8.5fsパルスが得られている。これは長波長での最短パルスになる(3)。
 マックスプランク量子光学研究所の研究チームはTi:サファイアから、さらに短いパルスを発生させた。このパルスは約1.5サイクルの半値全幅(FWHM)と、はるかに高いパルスエネルギーが得られている。Ti:サファイアの近赤外帯域幅は十分に広く、分散管理を適切に行うと、少数レーザサイクルパルスを生成できるが、ナノジュールのパルスエネルギーしか得られない。高調波発生に必要なミリジュールレベルへの増幅はスペクトル帯域幅を縮小する利得狭まりが起こる。希ガスを充填した中空コアファイバでの自己位相変調はスーパーコンティニュアムを発生し、帯域幅の圧縮と回復を可能にするが、そのパワーはマイクロジュールレベルに限られている。マックスプランクのグループは増幅器にチャープミラー圧縮器を取付けて1mJのパルスを生成し、ネオンを充填した中空コアファイバで圧縮して、720nmの搬送波長において継続時間4fs以下の1.5サイクルパルスを発生させた(図1)(4)。
 独マックスプランク量子光学研究所アト秒物理部門(Max Planck Laboratory for Attosecond Physics)のエレフテリオス・グーリールマキス氏(Eleftherios Goulielmakis)によると、キャリアエンベロープ位相を安定化した自己参照単一サイクルパルスの生成は、軟X線領域のアト秒パルスの発生手段になる。彼によると、その他のグループも赤外のマルチサイクルフェムト秒パルスの高次高調波を生成してアト秒パルスを発生させているが、この場合の一連のアト秒パルスは、各サイクルのピークの1つがIRパルスになる。単一サイクルの場合、IRパルスのすべてのエネルギーは単一アト秒パルスの生成に使われるが、高次高調波発生は基本的に効率が制約されるので、このことは重要になる。

図1

図1 マックスプランク量子光学研究所のチームは約1.5サイクル(測定されたFWHM)の3.8fsパルスを発生させた。(資料提供:E・グーリールマキス氏)

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2011/10/1110frontier.pdf