リック天文台の新しいMEMSを使った補償光学系

ドナルド・ガベル

MEMS可変形鏡を使った補償光学系は地球大気の光歪曲効果を補正して、大型地上望遠鏡による回折限界画像の生成を可能にする。

天文学者は地上で望遠鏡を使用するときに 1つの制約を受ける。大気の揺らぎによって入射光が歪曲され、画像が不鮮明になるためだ。宇宙望遠鏡はこの制約を受けないが、宇宙への打ち上げに関係するサイズ、重さ、コストの考慮から集光部の口径が制限される。最大の宇宙観測衛星、ハッブル宇宙望遠鏡は口径2.6mの主鏡を備えているが、これは、地上観測所の口径8mまたは10mの望遠鏡、さらには現在計画中の30 ~40mの望遠鏡と比べて相対的に小さい。現在、大型地上観測所は、そのほとんど全てが高解像度の科学画像専用の補償光学系ないし機器を備えている。補償光学は観測中の大気の乱れを補正する手段であり、天文学者が大口径の回折限界解像度を活用することを可能にする。
 得るための口径と要求が増大するに伴い、補償光学(AO)部品の技術も次第に向上している。AOシステムの心臓部はその可変形鏡、すなわち大気の揺らぎによって生じた波面歪みを実際に補正する素子である。波面歪みは複雑で、ランダムで、急速に変化する形状であるため、これを補正する可変形鏡は動的応答が求められる。可変形鏡は伝統的に反射面(通常、銀、アルミニウムまたは金)で覆われた薄いガラス片であり、ガラスの裏面にはそれらをプッシュするための多数のコントロールされたピストン素子が備わっている。これらのアクチュエータは適切なコントロールの下でガラスとその反射面を正しい形状に変形する。この技術をさらに向上させるための課題は、装置の小型性と妥当なコストを維持しながら、より大きな口径とより短い科学波長を利用できるように多数の制御素子の機能を高めることだ。

MEMS可変形鏡

マイクロサイズ技術またはマイクロエレクトロメカニカルシステム(MEMS)は微小流体制御、マイクロトランスデューサ、生物学サンプリング、光学系など、いくつかの応用分野で開発された。これらのMEMS装置は、従来歯車またはポンプなどの機械が実現してきた機能をサブミリメートルサイズで行う。MEMS装置の製造には、集積回路の製造用に開発された微細加工技術と基本的に同じ技術が使用されている。MEMSは、シリコン、ガラス、金属などの材料層の堆積とエッチングによる材料の選択的除去によって作製された、一般に、印加電圧に応答して運動する 3次元構造である。
 可変形MEMSミラーは、電極つき基板、ギャップ領域、導電膜、反射金属被覆表面層とそれらすべてを支える構造とで構成されている(図1)。米ボストン・マイクロマシン社にって組み立てられた装置は、リック天文台のAOシステムに組み込まれた。他のいくつかのMEMSメーカーも天文学AOの課題への対処を加速させている。ボストン・マイクロマシンーズ社(Boston Micromachines Corp.)は1024のアクチュエータデバイスを商用化し、最近になって、4096台のアクチュエータ装置を契約して製造した。
 天文学AOにおけるMEMSは波長分の一の精度で 1秒あたり数百回程度適当な位置に移動しなければならない。これは、望遠鏡の主開口部上に光学的にマッピングされる表面の上で実行される。地上での大気のコヒーレンス長が可視波長でたった数10センチメートルであるため、可変形鏡は表面上を多数回、口径30mの場合には1万回のオーダーで移動しなければならない。

図1

図1 補償光学可変形鏡はその反射面をたわませることによって入射した星の光の収差を補正する(a)。MEMS技術を使って、デバイスごとに数千の単純な静電駆動アクチュエータを備えた複数のデバイスが組み立てられた(b)。(写真とグラフィックス提供;ボストン・マイクロマシーンズ社)

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2011/10/1110feature02.pdf