アルカリ蒸気レーザへの新たなアプローチを可能にする半導体励起

ジェフ・ヘクト

レーザダイオードで励起したルビジウムなどのアルカリ蒸気レーザは、光子欠損が少なく、非常に高い効率が得られる。最近、流動気体方式による非常に高いエネルギーが実証された。

アルカリ金属蒸気を光励起することは、1950年代後半に検討された最初のレーザ概念の中の一つだった。アルカリ金属の外殻には一つの価電子しかないため、その物理特性はシンプルで魅力的なものである。しかしながら、アルカリ金属蒸気には適当な励起光源がまったく見つからず、アルカリ金属は反応性が強いため実験も困難であった。ポール・ラビノヴィッツ(Paul Rabinowitz)、スティーブ・ヤコブス(Steve Jacobs)、ゴードン・グールド(Gordon Gould)の3氏は1962年に光励起による7.2μmセシウムレーザを実証したが、アプリケーションは見つからず、レーザの歴史にとっては脚注程度の存在になってしまった。
 現在、アルカリ蒸気レーザは半導体励起によって復活した。米WFKレーザーズ社(WFK Lasers)の社長であるビル・クルプケ氏(Bill Krupke)は、キロワット級産業用固体レーザのビーム品質を制約している熱放散の問題を回避するためにアルカリ蒸気への取組みを始めている。彼は、2003年に、市販の近赤外(NIR)半導体レーザによるアルカリ蒸気の励起は非常に効率が高く、熱問題の解決も容易であり、そのビー
ム品質は固体レーザよりも良くなるという可能性を報告した(1)。それ以来、半導体励起はカリウム、ルビジウムおよびセシウム蒸気レーザで実証され、レーザ出力も上昇してきた。

アルカリ蒸気の基礎

原子ガスレーザはエネルギー効率が悪いことで有名だが、その原因は、ヘリウムネオンレーザで見られるように、よく知られたレーザ遷移が基底状態よりもはるかに高い準位から生じることにある。このことは、励起エネルギーのごく一部だけしかレーザ遷移にならず、レーザ効率が低いことを意味するため、このような気体レーザは高出力動作には適さない。アルカリ金属を魅力的にしているのは、その単一価電子の一対の低いエネルギー準位である(図1)。この場合のレーザ配置はシンプルである。つまり、原子スペクトルのD2線を照射して光励起すると、基底状態の電子は、まず高いエネルギー状態の52P3/2準位へと移動し、次に低エネルギー状態の52P1/2準位に落ち、より長波長のD1線の誘導放出を起こして基底状態に戻る。
 ナトリウムD線は強い黄色光として知られ、原理的にはレーザにも利用できる。しかし、そのためには強力な黄色励起ダイオードがなくてはならなかった。クルプケ氏は、代わりにNIRレーザダイオード(LD)を使用して励起できる長波長のD線をもつカリウム、セシウムおよびルビジウムの利用に焦点を当てている(表1)。ルビジウムは、ヒ化ガリウムアルミニウム(AlGaAs)から簡単に得られる780nm のD2線で励起可能であり、795nmのD1線によるレーザ放出が起こる。
 二つの励起準位が接近しているため、量子欠損、つまり励起する光子と放出される光子のエネルギー差は著しく小さくなる。ルビジウムの量子欠損はわずか0.019であり、これはイッテルビウムの0.09あるいはネオジムの0.24よりも小さい。カリウムの量子欠損はさらに小さい0.0044だが、この場合は強力なダイオードが存在しない766nmの光励起が必要になる。セシウムの量子欠損は0.047であり、その励起波長は856nmになる。したがって、これまでの開発の多くはルビジウムを使用して行われてきた。
 擬似二準位系に特有の動力学はいくつかの課題をもたらす。上位の準位からの自然放出は非常に高いため、アルカリレーザは利得媒質の内部にエネルギーを蓄積できない。自然放出が起きる前に電子を52P3/2準位から52P1/2準位へと落とすには、エタンのような軽い炭化水素のバッファガスが必要になる。しかし、実験の進歩は有望である。

図1

図1 アルカリ金属は単一価電子の接近した二つのエネルギー準位が利得媒質としての魅力になっている。ここではルビジウムレーザの励起とレーザ遷移のエネルギー準位を示している。

実験による実証

最初の新型アルカリ蒸気レーザは、クルプケ氏らが2003年にTi:サファイアレーザを用いて実験的に励起したルビジウムレーザであった。彼らはルビジウム、ヘリウムおよびエタンの混合体の端部を180mWのエネルギーで励起し、30mWの795nmレーザを16%の光変換効率と54%の良好なスロープ効率で発生させた。次に、彼らはセシウムレーザの実験を行い、Ti:サファイアレーザによる780mWの励起を用いて、230mWの895nmレーザ発 振を35%の光変換効率と59%のスロープ効率で実証した(2)。
 その後すぐに、半導体励起の実験が行われた。852nm狭線幅半導体レーザの400mWによるセシウムの端面励起からは130mWの単一モードレーザが発振し、その光変換効率は32%、スロープ効率は41%であった(3)。ヘリウムとエタンを混合したルビジウムを780nm半導体レーザアレイの13W出力で端面励起すると約1Wのレーザが発振し、そのスロープ効率は10%であった(4)。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2011/06/1106frontier.pdf