コンピュータの性能を引き上げるフォトニック集積化
将来の高性能コンピューティングは並列処理の巨大化とエネルギー消費の大幅低減が鍵になる。この目標の達成には集積フォトニクスによる光信号伝送が重要な役割を果たす。
1969年にベル研究所のスチュワート・ミラー氏(Stewart Miller)が集積光学の概念を初めて発表したが、この発想はすでに輝かしい成功を収めていた集積電子回路からの類推に基づいていた(1)。その後の年月、集積光学とそれに由来する集積フォトニクスは永続的な研究テーマであったが、それは往々にして「問題を探す解決策」だと考えられてきた。皮肉なことに、現在、集積電子回路は性能の壁にぶつかっており、集積フォトニクスには取組むべき「問題」が生まれた。
マイクロプロセッサの演算速度は何十年にもわたり増加してきたが、そこでは回路素子のサイズが縮小し、部品の密度がムーアの法則にしたがって増加した。しかし、2000年代の中頃になると、マイクロプロセッサのクロック速度は3GHz近くで失速した。これはプロセッサが高速化されると、その廃熱量が放散可能な量よりも大きくなることに原因がある。このような性能の壁に直面した集積回路メーカーは、マルチコアをもつチップを設計して、この壁を乗り越えようとしている。マルチコアプロセッサは並列処理による演算を行い、4個の3GHzチップを組合せて、12GHzの全体処理速度を確保する。
しかしながら、マルチコア処理の新しいパラダイムを実現するには、ソフトウエアとハードウエアにおける大きな変化が必要になる。昨年12月に発表された米国研究学術会議(NRC)委員会報告書によると、現在の直列動作に基づくソフトウエアは、8または16以上のコアをもつチップの並列動作を可能にするための書き換えが必要になる(2)。米アナログ・デバイセズ社(Analog Devices)のCTOおよびNRC委員会の座長を務めるサミュエル・フラー氏(Samuel Fuller)は、集積フォトニクスのハードウエアでは巨大な相互接続性が得られると語っている。
電子、光子、エネルギー
集積フォトニクスの通信能力は、集積エレクトロニクスの高性能計算能力を補完する。電子は互いに強く相互作用するため、トランジスタはスイッチングと信号処理に優れている。しかし、電子の強い相互作用は雑音を発生し、信号伝送の減衰をもたらし、減衰は周波数が高くなるほど大きくなるため、通信能力を阻害してしまう。光子の弱い相互作用は光コンピューティングを制約するが、雑音、減衰および光チャネル間のクロストークが減少するため、この制約は補償される。
しかしながら、NRC委員会は、すべての計算動作がエネルギーを発生し、高度な並列コンピュータであっても、その性能はエネルギーの消費と散逸による制約を受けると警告している。フラー氏は「サーバファームはアメリカの電力供給の1.5%以上を消費している。CMOS回路は高速になると、その計算当たりのエネルギー効率が悪くなる」と語っている。巨大なデータセンタと科学計算用のスーパーコンピュータは20MW以上の電力を消費し、この消費量はさらに増加している。フラー氏は「次の10年間で、ユーザが10~100倍の(計算速度の)加速を期待しているのであれば、 われわれがエネルギー効率を向上できない限り、膨大な電力を消費することになる」と付け加えた。
米マサチューセッツ工科大学(MIT)のマイクロフォトニクスセンターが発表した2010年6月の報告書は、「情報技術(IT)によるエネルギー消費に関する推定では、現在、世界の発電量の非常に大きな割合を占めている(3)」とはっきりと警告した。問題は環境持続性ではなく経済性にある。MITの報告書は「今日のエネルギーは、一般に3年のライフサイクルしかないITハードウ エアの消費が50%を占めている」とべ、エネルギー消費を制御する努力が「製品サイクルの短縮と高密度電子ーフォトニック集積化を牽引するだろう」と付け加えている。
フォトニック通信の集積化
フラー氏は「第1に、フォトニクスは非常に電力効率の良い通信を実行できる」と語っている。電気が導体を通して移動するにはエネルギーが必要になるが、この状況は周波数が高くなるほど悪くなる。導体は電磁場、クロストーク、電磁干渉の増加をもたらし、減衰が著しく増加する。これらの三つの要因がエネルギー消費の増加を引き起こす。
光リンクははるかに減衰が低く、帯域幅が広いため、基板間とチップ間、究極的にはチップ内に、光リンクを使うと、消費電力の大幅な節約が約束される。さらに、並列処理の度合いを大きくすると、処理コア間の通信リンクの必要性が何倍にも大きくなる。フォトニクスがどれだけのエネルギーを節約できるかは手探り状態だが、フラー氏は「2分の1ないし4分の1への削減は期待できる」と語っている。これは素晴らしいように聞こえるだろうが、彼はこの改善によって、現在の18ヶ月ごとに倍増する電子コンピューティング用の電力、つまりエネルギー消費が完全に相殺されるとは考えていない。
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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2011/05/LFWJ1105pf.pdf