赤外分光法の分解能を改善するAFM
赤外分光法とプローブ顕微鏡法の組合せからは物質の化学的性質と物理的性質のナノスケール分析を同時に可能にする新しくて強力な分析機器が得られる。
原子間力顕微鏡(AFM)は基礎研究、材料科学および工学の分野においてナノスケールの測定問題を非常にうまく解決してきた。確かに、AFMは研究者にとってナノスケール空間分解能をもつ複雑な構造の可視化と測定を可能にする最初のツールの一つとなり、ナノサイエンスとナノテクノロジの分野では数十億ドルの研究投資に値すると評価されている。しかしながら、AFMの能力面で大きく欠けていることは、この技術が試料の化学的性質を評価できないことだ。AFMの能力は物質の機械的、電気的、磁気的および熱的性質を測定できるが、AFM自体は物質を化学的に特性評価できる確かな機能を備えていない。
対照的に、赤外(IR)分光法は無数の物質の化学的な特性評価に広く使われているが、その空間分解能は回折限界の制約を受ける。現実の問題として、透過フーリエ変換(FT)IR分光法はIR放射の波長の約3倍が限界となり、減衰全反射(ATR)分光法は光源の波長に近い分解能しか得られない。
AFMと光学的手法を組合せるいくつかの有望な方法も試行されてきたが、最近までの試みは波長範囲や空間分解能に限界があった。ところが新しい技術として、AFMのナノスケール空間分解能の機能をIR分光法と組合せたAFM赤外分光法(AFM-IR)が登場した。その結果、回折限界以下の局所的化学組成の測定とマッピングに加えて、ナノスケールの地形学的、機械的および熱的分析も実行できる分析機器が実現した。
nanoIR
最近、アレキサンダー・ダッツィ(Alexandre Dazzi)らが開発したAFM-IR技術が米アナシス・インスツルメンツ社(Anasys Instruments)によって商品化された(1)。このnanoIRと名付けられた分析機器は光パラメトリック発振器(OPO)を用いる可変波長パルスIRレーザ光源と従来のIR透明セレン化亜鉛プリズムを使用して、プリズム上の試料に分子振動を励起する(図1)。レーザからのIRビームは従来のATR分光法と同様の全内部反射に基づいて試料を照射する。レーザ照射を吸収した試料は加熱され、急速な熱膨張を起こして、AFMのカンチレバーの共鳴振動を励起する。誘起された振動は減衰するときに固有のリングダウンパタンを示す。
このリングダウンパタンはフーリエ解析が行われ、振動の振幅と周波数が抽出される。カンチレバーの光源波長の関数としてのリングダウン振動からは局所的な吸収スペクトルが得られ、その振動周波数は試料の剛性に関係付けられる。IR光源を単一周波数に同調すると、選択した吸収バンドの表面形状、機械的性質およびIR吸収を同時にマッピングできる。
能力
nanoIRはIR分光法の分解能限界を克服し、AFMに化学的および機械的マッピング機能を付加して、一連の重要な測定能力を実現している。この方式の分光計は複雑な試料の構造および化学的性質を詳しく解析し、ポリマブレンド、多層膜、被覆膜などの特性を評価できる。例えば、現在のポリマブレンドは強度、衝撃吸収性、電気伝導性、難燃性、互換性などを確保するために、多数の異なる成分と材料を含有している。この分光法は生命科学にも応用できる。
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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2011/05/LFWJ1105-5f5.pdf