テラヘルツ応用への競争条件を整えた量子カスケードレーザ

ジェフ・ヘクト

量子カスケードレーザは急速に改良されて中赤外の重要な光源となり、テラヘルツ領域の新しい光源としても期待されている。

米電力環境エネルギー研究機構(PEER)のシェン・ウー氏(Sheng Wu)のようなユーザは、贔子カスケードレーザ(QCL)の劇的な進歩の証言者になれる。ウー氏が2005 年の後半に初めて購入したQCLは、その駆動に7A 、15Vのパルスが必要であり、彼はレーザ放射ではなく、黒体放射が出力されているのではないかと疑ったほどだった。わずか2年前、「分光計に広く使われている安価で信頼性のある10Wの黒体光源」を「連続動作もできず、赤外(IR)の1%しか同調できず、コストは100倍もかかる」1OmW 以下のQCLエミッタに置き換えるべきだという彼のアイデアは評論家から冷笑された。しかし現在、ウー氏は中赤外(MIR)QCL分光法を使用して、炭化水索中の炭素同位体比を分析している。
 QCLは研究プロジェクトだけのものではない。今年8月、米ブロックエンジニアリング社(Block Engineering)はQCLに基づく3系列のMIR分光計を製品化した。同社によると、これらの分光計は従来のフーリエ変換赤外(FTIR)分光計の性能を上回り、近赤外(NIR)の表面測定、顕微鏡法および可変同調光源の用途に利用できる(図1)。
 米プリンストン大学の教授を務め、保健環境用中赤外技術(MIRTHE)コンソーシアムの代表を兼務するクレア・グマッシュ氏(Claire Gmachl)によると、MIR QCLの最近の進歩にはレーザの改良と実用化の進展の二つが大きく貢献している。また、到達が難しいテラヘルツ帯を放射するQCLの開発も第3の貢献を果している。

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固1 ブロックエンジニアリング社の小型分光計は量子カスケードレーザを使用して、物体近傍のMIRスペクトルを走査する。

QCLの基礎

QCLは1994年に、現在は米ハーバード大学に在籍するフエデリコ・カパッソ氏(Federico Capasso)と、同様にスイス連邦技術研究所に在籍するジェローム・フェイスト氏(Jerome Faist)らの
研究チームによって初めて実証された(1)。QCLは電子が半導体量子井戸の積層構造を通過するときに、光子の量子力スケードを発生する。電子は量子井戸の伝導バンド内の低い方のサブバンドに落ち込み、トンネル効果に基づいて次の量子井戸へ移動する(図2)。電圧が積層構造の全体に加わると、積層構造の異なる量子井戸中の電子はより低いエネルギー準位へ繰返して落ち込む。
 この過程は電子と正孔が接合層の内部で再結合する半導体レーザの場合とは基本的に異なる。QCLの場合は電子だけが電流を運び、贔子井戸の積層構造を一方向に通過し、サブバンド遷移による光子のカスケードを放射する。バンド間カスケードレーザはQCLと半導体レーザとのハイブリッド構造からなり、電子と正孔の両方が接合部の含まれる積層構造を通過する。バンド間カスケードレーザは3~4μmの波長用に開発された(Laser Focus World2010 年1月号p.22を参照)。
 QCLが放射する二つの広いバンドは「中赤外」と「テラヘルツ」の二つの名称で呼ばれる。しかしながら、これらの名称は赤外領域バンドの他の定義と厳密には一致しない。QCLのMIRは3~30μmの範囲を対象とし、IR物理学に使われる3~5μm のバンドよりもはるかに広い。ほとんどのQCLはリン化インジウムとヒ化ガリウムの化合物半導体を使用し、その30~60μm の放射は「レストストラーレン」または残留光線と呼ばれる効果によって圧縮される。テラヘルツQCLは0.6~5.0THz の周波数を放射する。この周波数は約60~500μm の波長に相当するが、1.2THz 以下の周波数を発生するには磁場を加える必要がある。

MIRの性能とバンド幅の改善

半導体レーザと同様に、MIR QCLも初期のデバイスから大きく進歩した。そのパルス動作には低温冷却と高い駆動電流が必要であったが、発振効率の向上、室温での連続発振、発振波長範囲の拡大、レーザ出力の向上、出力の可変同調化などが改善され、その性能は大幅に向上した。
 QCLの性能改善は電子輸送の向上が鍵であり、そのためにはデバイス内の古典的電子散乱と量子的トンネル効果の両方の研究が必要になる。プリンストン大学のグマッシュ氏は「われわれは性能の犠牲なしに利得スペクトルを広げたい」と語っている。
 QCLの主要な応用となるMIR分光法は波長範囲が重要になる。ブロックエンジニアリング社のレーザ分光計は複数のQCLを使用し、6~12μmの波長範囲を走査して、12mWの平均パワーを達成している。同社の市場開発/事業開発担当副社長のアダム・アーリック氏(Adam Erlich)によると、5~14μmの波長範囲を同調できれば、より多くの図2電子がサブバンド遷移を行いながら量子井戸の積層構造を通過すると、光子のカスケードが放射される。この傾斜はQCLの全体に加えられる電場を示している。気相バンドヘの対応が可能になる。この分光計は室温動作のパルスレーザを使用するが、TEC上に実装して出カパワーと波長を安定させている。アーリック氏によると、FTIRシステムに対する利点は狭い波長範囲において高いパワーが1尋られることにある。
 グマッシュ氏は「真に短いパルスの最子カスケードレーザの実現は応用にとって索晴らしいことになる」と語っている。規則性と制御性に優れた短いパルスは時間分解測定を可能にするが、QCLはその利得ダイナミクスのために伝統的なQスイッチとモード同期の技術を適用できない。理論家はQCLにも適用できる代替法、つまり利得をピコ秒の時間スケールで回復する方法を研究している。その一つの可能性はQCLシステムに固有の非線形性の利用にある。

図2

図2 電子がサブバンド遷移を行いながら量子井戸の積層構造を通過すると、光子のカスケードが放射される。この傾斜はQCLの全体に加えられる電場を示している。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2010/12/2db4748d7ee3933ba931c19beb2d6c57.pdf