多光子撮像の発展を活性化するターンキー式フェムト秒レーザ

アーンド・クルーガー

超短パルスレーザ光源の絶え間ない技術革新からは、新しい多光子モダリティが生まれ、代替法よりも大きな倭入深度と低い光毒性で生細胞の撮像が可能になっている。

二光子励起レーザ走査蛍光顕微鏡法は1990年に最初の論文が発表されたが、その後は全固体超短パルスレーザが出現して活性化され、生物医学分野における多光子撮像法の利用は目覚しい発展を遂げている。伝統的な共焦点顕微鏡法に比べると、多光子撮像法は生体組織への侵入が深く、細胞の損傷が少なく、この方法に固有の3次元(3D)光学断層撮像を行うことができる。多光子顕微鏡法は高感度な深部の生体内(in vivo)撮像の能力が重要となる生物医学のさまざまな分野で使われている。

二光子励起蛍光顕微鏡法

従来の共焦点レーザ走査顕微鏡法は、強く集束した連続波(CW)レーザビームが蛍光励起光源として使われている。このレーザビームのウエストはピンホール(共焦点開口)上に再結像され、焦点面の外部から発生する蛍光の検出器への到達が阻まれる。レーザスポットまたは試料台を試料の3D方向のすべてに点ごとに連続走査し、試料からの蛍光強度を測定することで、3D画像の再生が可能になる。この方法の空間分解能は励起波長の回折限界に近い。
 標準的な共焦点顕微鏡は今日の生物医学研究所に必須の計測手段になっているが、そこには限界もある。3D画像再生に寄与しない焦点外の励起は生体試料の損傷の可能性を増大させ、直接励起に最適な可視と紫外の波長は生体組織の深部にまで侵入しない。また、レーザビームの焦点からの蛍光を共焦点開口上に再結像すると、損失が発生し検出感度が減少する。これらの要因が生細胞や深部組織の画像化能力の低下をもたらす。
 米コーネル大学のデンク氏、ストリックラー氏およびウエブ氏は、1990 年にモード同期フエムト秒レーザを蛍光のニ光子励起に使用すると、上述の制約が回避できることを実証した(図1a)(1)。この非線形過程の確率は低いが、フェム卜秒パルス(標準の繰返し速度は80MHz)と高NA(開口数)顕微鏡対物レンズを組合せると、その焦点体積内の光子密度は二光子吸収(三光子吸収も可能)にとって十分な値になる。試料の焦点外のパワー密度は非常に低く、非線形励起が起こることはない。その結果、共焦点ピンホールを必要としない本質的な空間断面撮像が可能になる。検出器は試料に接近して配置できるため、感度と値号対雑音比が向上する。また、実質的に焦点外励起が起こらないため、細胞と生体組織の損傷は大幅に減少する。さらに、多光子撮像法は吸収と散乱の少ない長波長を利用するため、ニ光子法は生体組織への非常に深い侵入深度を得ることができる(共焦点法の数十μm に対して数百μm)。
 これらの生細胞と深部組織の撮像の利点は、細胞生物学や神経科学の研究者による二光子励起蛍光顕微鏡法の急速な利用を引き起こした。そこでは小型で完全に自動化された広帯域の波長可変フェムト秒Ti:サファイアレーザが登場し、懺界中での爆発的な利用の引き金を引いた。今日のTi:サファイアレーザは70fsの短いパルスを発生し、300nm以上の同調範囲にわたり450kWの高いピークパワーが得られ、ユーザは蛍光に対して最適な励起波長を選択できる。
 レーザ光源の最新の進歩では顕微鏡装置の正分散から生じるパルス広がりを補正する自動化された分散補償法が光源に組込まれた。フェムト秒パルスは広いスペクトル帯域幅(800nmの1OOfsパルスは約7nm)をもつ。このパルスが分散光学系を通過すると、帯域幅内の波長成分は異なる速度で進み、パルスは時間とともに広がる。ほとん
どの分散は高NA 対物レンズと音響光学変調素子から生じる。音響光学素子は市販の多光子装置に組込まれ、レーザビームの減衰と遮蔽に使われる。
 システム構成に対応して、パルス広がりは厳しくなり、レーザからのlOOfs のパルスは試料に達すると数百fs になる。この広がりは励起効率と画像輝度の減少をもたらす。パルスと発蛍光団当たりの吸収光子数naは、パルスの持続時間に対して反比例の関係にある。色素、励起波長およびパルス繰返し速度が与えられると、naは次式、

により与えられる。ここで、Paveは平均レーザパワー、Tpはパルスの試料での持続時間を示している。
 平均レーザパワーが大きくなると、蛍光の屎は増加するが、生体組織が損傷する可能性も大きくなる。画像の輝度と組織への侵入深度を最適化するには、顕微鏡の分散を補償し、パルス持続時間を最小にすることが最良の方法になる。分散補償を行うと、多光子顕微鏡法の信号対雑音比は著しく改善される(図2)(2)。
 図2の画像には、二光子から発生する蛍光に加えて、第2高調波発生(SHG)による信号も含まれている。SHGでは二つの赤外(IR)光子が一つの光子に変換され、そのエネルギーは2倍に、波長は半分になる(図1b)。SHGによる画像は蛍光標識を必要としないが、特定の対称性をもつ分子の空間的に秩序化された構造が必要になる。これは2 次非線形性の過程なので、ピークパワーが高くなり、試料でのパルスは短くなる利点も得られる。
 このような利点から、今日の最新の二光子顕微鏡システムでは自動分散補償の組込まれたTi:サファイアレーザが広く使われるようになった。これらのレーザは小型で使いやすく、同調範囲のすべての波長において、試料に送られるパルス幅は自動的に最小化される。ビームの指向性も能動制御に基づいて安定化されている。ビームの変位と傾斜は装置と実験の完全性を損なうため、ビームの優れた指向精度は董要な条件になる。

図1

図1 多光子顕微鏡法のエネルギー線図を二光子励起蛍光法(TPEF 、a) 、第2高調波発生法(SHG 、b) およびコヒーレント反ストークスラマン分光法(CARS 、C) のモダリティを選択して示している。

図2

図2 マウスの耳の生体内画像(500×500μm) における緑色蛍光蛋白質(TPEF、緑色)とコラーゲン(SHG、青色)が示しているように、二光子励起蛍光顕微鏡法と第2 高調波発生顕微鏡法の画質はパルスが短いほど改善される。試料に到達するパルス幅はスペクトラ—フィジクスMai Tai DeepSeeレーザを使用して、65 fs (a) と155 fs(c)の間で変えられた。その他のパラメータは平均パワー(20mW、870nm) と検出器感度を含めて、すべてが一定に保持された。(資料提供:クラウディオ・バインゴーニ氏/米マサチューセッツ総合病院システム生物学センター)

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