分子検出の能力を拡大する外部共振器QCL
外部共振器方式の中赤外量子カスケードレーザは分子「指紋」を高い感度と選択性で検出できる。この分光分析用途には爆発物検出、呼気中アルコール濃度検出、グルコース監視、温室効果ガス分析などが含まれる。
中赤外(MIR)の広いスペクトル範囲には分子の「指紋」が含まれ、そこでは分子の検出と同定を高い感度で行うことができる。外部共振器方式の最子カスケードレーザ(QCL)の新たな進歩によって、これまでは別の技術に支配されてきた領域におけるレーザ応用が可能になる。
MIR分光法の進歩
MIR検出器、分散分光計および無分散分光計は120年以上も使用されてきた。フーリエ変換赤外(FTIR)分光分析の技術も半世紀以上も存在している。これらの分析手段はすでに高齢者給付
金を受けてもよいほど長きにわたって活躍してきたが、他の技術ではカバーできない広いスペクトルをカバーできるという理由で、依然として現役である。
広範囲のスペクトルをカバーする能力が重要視される理山を理解するために、ここではアセトンの吸収スペクトルを考えてみたい(図1)。その最強の吸収バンドは分子が5~20μmのMIR線を吸収して励起されたときの「骨格」振動、つまり分子の全体構造の曲げ、よじれ、ねじれなどの振動に対応する。骨格振動エネルギーは与えられた原子質贔と分子結合の分布にもとづく独自の伯を示し、固有のスペクトル吸収パタン、つまり分子「指紋」が現われる。このMIRスペクトル領域のすべての分光分析技術は、分子の濃度を検出できるばかりでなく、混合物の化学的成分も同定できる。
広帯域のチューナブルレーザは、旧式の分散およびFTIR分光計用の熱源に比べると、決定的な利点を持つ。スペクトル輝度が高いため、感度の低い検出器の室温での使用が可能になる。ビーム品質が優れているため、光ファイバと試料表面へのビーム結合効率が向上する。レーザビームはパワーが高く、コリメーションされているため、離れた場所からの検出配置を採用できる。
ごく最近まで、最も有望な広帯域チューナブルMIRレーザはパラメトリック周波数変換の技術を利用してきた(1)0周期分極ニオブ酸リチウムではMIR線から炭化水素(CH)の伸縮運動スペクトル領域への周波数変換が起こり、その他の非線形光学材料では19μmまでのチューナブルな放射を発生することができる。しかしながら、これらのシステムは複雑でコストが高く、一般の商業用途に使うことはできない。したがって、このMIR分光計の応用領域では、新しい半導体技術にもとづく小型/高出力でコスト効果にも優れた広帯域チューナブルレーザが次世代デバイスとして期待されている。
量子カスケード利得デバイス
半導体PN 接合を利得媒質にしたレーザは近赤外(NIR)のレーザ応用技術を革新したが、残念なことに、半導体技術の利用をMIRの波長領域にまで広げようとすると、バンドギャップが縮小し、熱キャリアが半導体接合に侵入する基本的な問題が発生する。したがって、MIRの鉛酸塩半導体レーザを動作するには極低温の冷却が必要になる。
量子カスケードデバイスの発明によって高利得MIRレーザを実現する技術が生まれ、室温での動作ばかりでなく、特定スペクトル領域の波長の発生も可能になった。半導体を用いると、QCデバイスはダイオードと同等の小ささになる(図2)。また、推定されるウォールプラグ効率は数十%になる。このことは電力消費と熱管理がいずれも小型化の可能性と整合することを示している(2)。
外部共振器の利用
半導体の利得媒質からは大きな利得帯域幅が得られる。複数のレーザ波長に対応して利用できるエネルギーの広がりは、媒質を比較するときの便利な尺度になる。例えば、NIR とMIRのダイオードはそれぞれ596cm―1と444cm―1の利得帯域幅をもつことが実証されている(3)、(4)。量子カスケードデバイスも例外ではなく、432cm―1の帯域幅をもつ利得媒質が実証されている(5)。
完全同調の能力をもつ広帯域の利得帯域幅デバイスを実現するには、外部共振器の利用が最も効果的な方法になる。この方法は利得媒質の一つのファセットに無反射コーティングを施し、周波数選択フィードバック素子を用いてレーザ共振器を構成する。波長の選択と同調には回折格子ばかりでなく、エタロン、MEMS デバイス、光学フィルタなども使用できる。小型化された外部
共振器レーザは、MIR領域のロバストで広帯域にチューナブルな市販デバイスとして必要な機械的安定性と熱的安定性を確保できる。
外部共振器とMIR分光分析
外部共振器QCL はさまざまな方法で使用されてきた。最初の実験室での実証と7.6~1 1.4μmの最近の実証では、大型の同調装置が組立てられて使用された(6)。対照的に、米デイライトソリューションズ社(Daylight Solutions)は、小型の外部共振器QCL(ECqcLと呼ぶ)組立部品を構成して、商業利用に必要な機械的安定性と可搬性が得られるようにした。
しかし、分子検出にとって最大の成果は、ECqcLを利用することで、広いスペクトル範囲をカバーする新しいMIR分光計が実現できたことにある。エタノール蒸気を例にして、FTIR分光計を使用して測定した吸収スペクトルをデイライトソリューションズ社が開発したECqcL分光計による吸収スペクトルと比較してみよう(図3)。このECqcL分光計は単一のQCLデバイスしか使用していないが、7.8~10.2μmの重要な分子指紋のスペクトル領域を測定できた。またECqcL分光計の技術上の利点、つまり、電池で駆動し、冷却が不要であり、スペクトルの全体を1Oms 以下の短時間で掃引できることも実証された。
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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2010/06/201006-10f4.pdf