米中のデカップリングは起きるのか
米中のデカップリングはいつ起きて、どの程度まで進むのだろうか。それはレーザ業界にどのような影響を与えるだろうか。
中国の台頭は深刻な脅威であると考えられており、実存的な脅威ととらえる見方も存在する。米国の多くの人々が、グローバル化はさらなるメリットを中国に与えるため、中国を米国から経済的にだけでなく、技術的にも財政的にも切り離す(デカップリングする)ことが必要だと考えている。世界的な産業サプライチェーンは分断され、そうなれば、世界はドルと人民元の経済圏に分割されることになる。米国では新しい大統領が就任し、中国では第14次5カ年計画が策定されたことにより、複雑で変化の激しいこの地政学的な駆け引きは、新たな段階に突入する。その副次的影響は、きわめて重大なものとなる。本稿では、米中のデカップリングは起きるのか、(起きるとすれば)どの程度まで進むのか、また、それがレーザ及びフォトニクス業界にどのような影響を与えるかについて、考察する。
米国は2021年に、多くの課題に直面するだろう。中国の台頭への対処は、間違いなくその課題の1つになる。米中関係は世界史における転換点にあるため、今後数年の間に起きることは、1世紀後の歴史家によって精査されることになるだろう。
米国の多くの人々が、米中関係の緊迫化は避けられないと考えている。米国にとって不利となる複数の形で、中国が変化を遂げているためだ。予測不能で、時に狭量な、過去4年間の米国の対中政策は、ビジネス界に不確かさしか与えなかった。中国が世界最大の経済大国へと着々と歩を進める一方で、米国はいまだ、長期的な対抗戦略を模索している状態にある。多くのレーザ及びフォトニクス企業にとって、中国は、最大の規模と成長機会を備えた市場の1つである。
新しい米大統領が選出されたことで、米中関係にリセットボタンが提供されることとなったが、根底にある基本認識は変わっていない。米ブリッジウォーター・アソシエイツ社(Bridge water Associates)の創設者であるレイ・ダリオ氏(Ray Dalio)は、最近の著書の中で(1)、「中国の経済規模は米国に迫っており、米国よりも速いペースで拡大している。一人当たりの所得が25年間で米国の半分に達すれば、その経済規模は米国の2倍になる」 と指摘している。また、「長期的には、国家の成否を決定するのは、間違いなく永遠かつ普遍的な真理である」としている。
米中関係に対する、最も影響力のある基本的見方の1つが、トゥキディデスの罠である。古代ギリシャの時代から第二次世界大戦まで、国家が偉大な権力を手にするための手段は、軍事力を使って隣国の領土の一部を奪うことだった。その行為は歴史において、約4分の3の確率で、新興勢力と、歴史的に覇権を握る勢力の間の戦争へとつながった。しかし、今日の世界は、2つの重要な点においてこれまでとは状況が異なる。まず、人間社会は経済を格段に急速に成長させる方法を学び、それによって経済は、国際的な影響力におけるはるかに決定的な要素となっている。2つめに、核兵器を含む軍事技術はより破壊的なものになっているため、直接的な軍事衝突を追求するならば、対立する双方が損害を被ることになる。
現在、大国としての偉大な権力をつかむか、維持するための手段は、主に経済力である。強力な軍事力はやはり必要だが、それは経済戦略を保護するものにすぎない。それは、世界の仕組みにおける根本的変化であり、これを見落とすのは、経済学者が産業革命を見落とすようなものである。米国と中国が、主に経済戦略によって指導的地位を争うならば、双方ともに勝利を手にすることが可能だ。これは、米中の対立関係の重要な側面である。当然ながら、米国または中国が、第二次世界大戦前の勢力のように振る舞うならば、トゥキディデスの罠は自己成就的予言となる可能性がある。グラハム・アリソン氏(Graham Allison)の著書『Destined for War: Can America and China Escape Thucydides’s Trap?』(米中戦争前夜:新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ)は、その必然的結果を見事に解説している(2)。
ニクソン大統領の訪中以降の中国との経済的関わりは、中国を西洋式の民主主義国家に転換させるという、期待されていた結果を生み出さなかったため、全くの失敗だったと主張する人もいる。しかし、それがニクソン政権やその後の米政権の目標だったことは一度もない。ニクソン大統領は、ただ当時のソ連に対抗するために、中国への扉を再び開けたにすぎない。その後、米国は、朝鮮半島の平和維持、核の不拡散、テロ対策、海賊行為、環境協力など、多くの面で中国を必要とした。両国の関わりは、半世紀以上にわたる大国間平和と、とてつもなく莫大な繁栄を世界にもたらしてきた。米中関係には多くの問題があり、確固たる行動が必要であることは間違いないが、どちら側にもメリットのない結果を生むことが明らかな、冷戦思考を正当化するために、誤った形で歴史のイデオロギーを修正しても、米国人の未来は向上しない。
米国と中国の間の緊張の高まりは、多くの人々が予測したよりも急速に、グローバル化の崩壊を加速させた。この流れが逆転する可能性は低い。米国と中国の意図は、その根本において対立している。米国は、米国企業にとって公平な競争の場を設け、米国に雇用を取り戻し、貿易赤字を是正したいと考えている。中国は、自国に根差した盛況な技術部門を作り上げることによって、その経済成長を維持し、安全で制御可能な技術サプライチェーンを確保したいと考えている。その願望は、米国による最近の制裁措置を受けて、ますます強くなっている。
長期的には、米国は技術的な指導的立場と超大国としての地位を維持したいと考えるのに対し、中国はそのレベルに上り詰めようとしている。グローバル化はさらなるメリットを中国に与えるため、その成長を止めるか減速させるために、中国を米国から切り離す必要があると、米国は考えている。
最近の政治工作と、デカップリングに向けた気運の高まりに伴い、世界中の企業がそのグローバル戦略の再評価を迫られる事態となっている。この新しい現実は、各社の事業に深刻な影響を与えるためである。世界のエコシステムは分断され、ほぼ開かれた状態にあった世界貿易は何年か前の状態に逆戻りしている。米中のデカップリングは、短中期的に多大な破壊力を伴い、経済的観点において双方に損害を与える可能性がある。しかし、激化する両国間の戦略的競争を考えると、経済的論理よりも国家安全保障上の懸念のほうが勝る可能性がある。
(もっと読む場合は出典元PDFへ)
出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2021/10/006-010_sr_global_marketplace.pdf