フェムト秒レーザによる、機能表面の加工

ヴィクター・マティリツキ
マティアス・ドンケ
サンドラ・ストロージ
クラウス・ハーティンガー

超高速レーザで、ガラス表面上に防曇表面が創成可能に

ハスの葉の驚くほどの撥水性に代表される、自然な超撥水性表面と超親水性表面の興味深い機能は、さまざまなバイオミメティック(生物系を模倣して画期的な高機能技術を生み出す)設計のインスピレーションになっている。撥水性表面と親水性表面の両方が、レーザ加工で創成可能であることが実証されている。 
オーストリアにあるフォアアールベルク応用科学大(Vorarlberg Universityof Applied Sciences)のマイクロ技術研究センターは最近、米スペクトラ・フィジックス社(SpectraPhysics)と共同で、機能表面を創成するためのフェムト秒レーザに基づく加工プロセス「ClearSurface」を開発した。このプロセスに、産業用フェムト秒レーザ「Spirit」(図1)を組み合わせることによって、超親水性表面と超撥水性表面を高速かつフレキシブルに創成することができる。また、その濡れ性をさまざまな基板に適用し、レーザパラメータを調整することによって、接触角をきめ細かく制御することができる。 
本稿では、フェムト秒レーザ加工によって生成された機能表面の潜在的用途の概要を示す。特に、霧水捕集効率と防曇性の高い表面を製造するためのフェムト秒レーザ加工の応用について、説明する。

図1 スペクトラ・フィジックス社の産業用フェムト秒レーザ「Spirit One」。

図1 スペクトラ・フィジックス社の産業用フェムト秒レーザ「Spirit One」。

バイオミメティックな霧水捕集表面

水不足は、すべての大陸で7億人を超える人々に影響を与える、大きな世界的問題の1つである(1)。興味深いことに、多くの乾燥地帯において、降水は主に露や霧の形で発生し(2)、その地域の動植物は、機能表面を備えるように進化することによって、その環境に適応している(3)。ゴミムシダマシは、ナミブ砂漠に生息するカブトムシの一種である。海岸線に沿って冷たいベンゲラ海流が流れるこの砂漠では、砂丘を覆う霧堤が定期的に発生する(4)。霧からの水を捕集するために、ゴミムシダマシは、霧を運ぶ風の方向に甲殻を傾けて(5)、鞘ばね上の親水性の突起に水滴を集める。水滴は大きくなると、重力で転がり落ち、撥水性のくぼみに導かれてゴミムシダマシの口に入る(図2)(6)、(7)。 
本研究の目的は、高コントラストの濡れ性パターンをガラス上に作製することにより、ナミブ砂漠に生息するゴミムシダマシの鞘ばね(特定の昆虫が持つ硬い2枚の前翅のうちの1枚)を模倣し、その霧水捕集効率を評価することだった。この目的のために、フェムト秒レーザ微細加工と表面コーティングを組み合わせた「ClearSurface」加工プロセスを採用した。高コントラストの濡れ性微細パターンを持つ表面を、3つの加工ステップで創成した(図3)。 
最初のステップでは、フェムト秒レーザによる微細構造作製によって、2段の高さからなる表面構造を生成した(図3a)。続いて、テフロンに似たコーティングを適用して、濡れ性状態を超親水性(接触角<10°)から超撥水性(接触角>150°、図3b)に変更した。最後に、選択的アブレーションを適用して、局所的に超親水状態を復元する(図3c)(7)。この表面を霧にさらすと、超親水性の部分に水滴がたまっていき、最後は超撥水性表面によってはじかれる(図3d)。 
パイレックス(Pyrex)ウエハの表面に加工された、高コントラストの濡れ性パターンの霧水捕集効率を、未加工のパイレックスの霧水捕集効率と比較した。人工噴霧器を使った実験により、この微細パターンによって、霧水捕集効率が未加工ガラスと比べて60%近く高くなることが示された(7)。 
上記の方法により、ガラスなどの繊細な基板を含む、幅広い材料表面の機能化が可能である。これは、特にバイオメディカルやマイクロ流体デバイスの分野において、霧水捕集表面の微細パターンの興味深い可能性を切り拓くものである。

図2 ナミブ砂漠に生息するゴミムシダマシの霧水捕集の原理。霧を運ぶ風からの水滴が親水性の突起に集められ、一定の大きさに達すると、撥水 性のくぼみを転がり落ちて、ゴミムシダマシの口に入る。

図2 ナミブ砂漠に生息するゴミムシダマシの霧水捕集の原理。霧を運ぶ風からの水滴が親水性の突起に集められ、一定の大きさに達すると、撥水性のくぼみを転がり落ちて、ゴミムシダマシの口に入る。

図3 超撥水性と超親水性の濡れ性が組み合わされた表面を生成するための加工ステップ。(a)フェムト秒レーザによる構造作製によって、超親水性の基板表面を生成する。(b)テフロンに似たポリマー層の堆積によって、表面を超撥水性状態に変更する。(c)コーティングの選択的アブレーションによって、超親水性基板を一部露出させる。(d)表面を霧にさらすと、超親水性の部分に水滴がたまって いき、最後は超撥水性表面によってはじかれる。

図3 超撥水性と超親水性の濡れ性が組み合わされた表面を生成するための加工ステップ。(a)フェムト秒レーザによる構造作製によって、超親水性の基板表面を生成する。(b)テフロンに似たポリマー層の堆積によって、表面を超撥水性状態に変更する。(c)コーティングの選択的アブレーションによって、超親水性基板を一部露出させる。(d)表面を霧にさらすと、超親水性の部分に水滴がたまっていき、最後は超撥水性表面によってはじかれる。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2019/04/ar_28-30o.pdf