レーザで歴史的建造物を甦らせる

J. ペニーデ
F. クインテロ
A. リベイロ
A. サンチェス・カスティーロ
R. コメサーナ
J. デルバル
F. ルスクイノス
J. パウ

下地に損傷を与えず落書きを消す方法

真新しい壁にスプレーで落書きされて喜ぶ人はいない。そしてこの問題は誰もが身近に感じている。落書きを見て落胆したケースは、2万年も前から起こっていた。アルタミラ洞窟(スペイン)で暮らしていた種族の長は、狩りから戻ると彼の同族の一人によって洞窟の天井に下手な落書きをされていた。鉱物、動物、植物の顔料で書かれた落書きを見た時、おそらく彼は「天井に何したんだ! 」と大声で叫んだだろう。アルタミラの洞窟画、3万2千年前に描かれたショーヴェの洞窟画(フランス)、2千年前に描かれたカルフォルニア州サンタバーバラ群の画。実際には、これらの洞窟画が当時どれほど評価されていたのかはわからない(図1)。 
現在では、これらの”洞窟画”は古代人の技術的や精神的な能力、また文化的儀式や日常生活を示すものとしてしばしば評価されている。それにも関わらずいくつかの批判的な意見では、これらの洞窟画は芸術的な表現ではあるが、余暇や癒しのための行為にすぎず、公共物破壊であり落書きに似たものだとみなしている。いずれにせよ、もし古代人がこの洞窟画を消そうとしたなら、描くときよりもさらに大きな労力が必要だったことは間違いない。

図1 "複数色で描かれたバイソンは歴史上初の落書きと知られている。アルタミラ洞窟壁画(スペイン)、紀元前20,000年ごろ

図1 ”複数色で描かれたバイソンは歴史上初の落書きと知られている。アルタミラ洞窟壁画(スペイン)、紀元前20,000年ごろ

図1 、サンタバーバラ群(アメリカ、カルフォルニア州)、紀元前2000年ごろ

図1 、サンタバーバラ群(アメリカ、カルフォルニア州)、紀元前2000年ごろ

歴史的建造物

現代では歴史的建造物に描かれた落書きを消すことが重要な課題となっている。落書きは公的な建造物や記念碑を好んで描かれるようになっており、政治、失業、宗教などに対する不満の表現といった側面を持つが、やってはいけない行為である。そして、従来の方法で落書きを消すことは下地の劣化を引き起こし致命的なリスクとなる。歴史的建造物において落書きを消去した後の下地が、処理されていない部分と調和を保つことは重要である。落書きは文化的遺産の価値を顕著に悪化させ、建造物の美観やモニュメントの歴史的価値も損ねる。 
メキシコ、モレリア歴史地区の住人は、スペイン植民地時代から歴史的建造物が多くある地区に住んでおり、この問題を非常によく理解している。この地区は1991年にユネスコ世界遺産に登録されたが(図2)、景観の素晴らしさの一方で落書きの量は増え続け、ついには重要地区に指定されている旧市街地「モレリアのピンク石街-cantera rosa de Morelia」のピンク石壁へまでも落書きされてしまった。 
モレリア市は2008 年から落書き撲滅キャンペーンを開始し、現在、落書き除去方法発明のために年間数十万ペソを投資している。歴史的建造物の景観を保たなくてはいけないので、この作業には非常に繊細な方法が要求される。採用された方法は研磨剤入りウォータージェットクリーニングと薬品によるクリーニングであったが、前者は効果的だが石の外観に深刻な損傷を与える可能性があり、後者は消去時に使用される薬品により健康被害を引き起こす問題を抱えていた。

図2 教会(モレリア大学)

図2 教会(モレリア大学)

図2 モレリア水道橋、落書き(右上)(モレリア歴史アーカイブ委員会)

図2 モレリア水道橋、落書き(右上)(モレリア歴史アーカイブ委員会)

レーザによる落書き除去

スペインのビゴ大学、応用物理学部とメキシコのミチョアカナ大学、機械エンジニアリング学部が共同でレーザを使った解決策を発案した。研究者たちはビゴ大学のレーザ材料加工研究所にて共に開発をすすめ、モレリアのピンク石に描かれた落書きをレーザで消去する方法を実証した。レーザ光は石表面に正確に焦点をあわせ、照射(パワー密度)も正確に調整でき、その高い精度により石に損傷を与えることなく落書きを消去することができるといった非常に重要な利点を持つ。中でも非常に優れた性能を発揮した高出力半導体レーザ( HPDL )が採用された。 
HPDLはまず、小型で丈夫であり、携帯性、に非常に優れており、レーザを持ち出して街中や建造物の落書きを消去することが可能になる。さらにこのレーザは電気-光変換効率が40%以上と高効率で、産業レーザ光源においても非常に高い実績がある。全ての実験はディラス社(Dilas)のダイレクト半導体レーザ(波長940nm、最大出力1500W(公称値))と焦点距離85mmのレンズが使用され、石表面に5.1mm×2.2mm の四角形レーザスポットを照射し行われた。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2013/09/2013_app.pdf