高速度と高出力を実現した垂直共振器型レーザ

ジェフ・ヘクト

低出力で高効率のレーザ光源として広く使われているVCSELは、出力、速度および利用可能波長の増強とともに技術の汎用性が拡大し、新しい用途を見出している。

伊賀健一氏が1977年に発明した垂直共振器型面発光レーザ(VCSEL)の設計は、最初の半導体レーザに使われた端面発光からの抜本的な脱却だった。端面放射型の共振器は半導体接合面が数百μm以上も伸びる振動を起こすため、へき開した半導体チップ上の狭い領域から発散性の高いレーザビームが発生する。垂直共振器レーザは接合面と垂直方向に振動するため、共振器には利得媒質の薄い層だけを配置し、高反射率ミラーを使用して振動を維持する。その結果、閾値電流は低くても、品質が高くて発散の低いレーザビームを発生できる。
 これらの特性によって、VCSELは長期にわたり高効率だが低出力のデバイスとして位置づけられ、端面エミッタよりも安価な実装と製造が必要になる用途に使われてきた。そのため、VCSELは必然的に短距離光ファイバデータ通信やコンピュータマウスの動作検出などの低出力用デバイスとして選択されてきた。ところが現在のVCSELは新しい技術が開発され、変調速度、出力パワー、利用できる波長範囲などが強化され、その汎用性が拡大している。

波長と材料

接合層の上下に位置する分布ブラッグ反射鏡(DBR)はVCSELの共振器を構成する。ヒ化ガリウムアルミニウム(GaAlAs)はヒ化ガリウム(GaAs)との屈折率差が大きいため、GaAlAsのDBRは非常に良好に動作する。VCSELは長期にわたりファイバの850nm波長窓を利用する短距離ファイバリンクの重要な光源として使われてきた。しかし、1300nmと1550nmの波長窓エミッタとしてのリン化インジウム(InP)化合物は、良好なDBRの作製に十分な、大きな屈折率差が得られない。このことと電流閉じ込め構造を作製するときの問題のために、アクセスネットワーク用の10~20kmの標準単一モードファイバを用いる高速信号伝送に必要となる長波長VCSELの開発は行き詰まっていた。
 現在は新しい技術による長波長VCSELの製造が成功裏に行われている。歪層InP/InAlGaAs量子井戸を使用して、InP基板上のInAlGaAsとInAlAsの交互層から成るDBRが作製されている。この組合せはInAlGaAsの望ましくない放熱特性の制約を受けるが、ミリワット(mW)級の出力を生み出している。全反射器を誘電体DBRで置き換えると、より高い出力が得られる。もう一つの方法では、内部再成長トンネル接合をもつInAlGaAs/InP活性共振器の上下にウエハ融着AlGaAs/GaAs DBRを使用して、VCSELの電流制御特性を改善する。この技術はスイスのビームエクスプレス社(Beam Express)が1310nmのVCSELの作製に利用している(図1)(1)。
 また、別の新しいアプローチでは、米カリフォルニア大学バークレイ校(University of California-Berkeley)のコニー・チャンハスナイン氏(Connie ChangHasnain)のグループが開発した高コントラストの回折格子を使用する。この単層構造は、基本的には高屈折率材料の薄いサブ波長ストライプの格子から構成され、シリコンなどの高屈折率材料が空気やシリカなどの低屈折媒質で囲まれている。この高コントラストの回折格子はフォトリソグラフィを用いて作製され、その厚みはVCSELに使われる通常のDBR構造に比べると約40分の1に過ぎないが、格子面に垂直な光の99.5%を反射する。この格子は活性層上に懸垂され、その重量は標準の微小電気機械式(MEM)反射鏡の1000分の1以下しかなく、VCSEL波長の高速同調を行うことができる(図2)(2)。バークレイ校の研究グループは、この方式の概念を850nmの波長で実証し、次に、より長波長での実証に移行した。2010年になると、高コントラスト回折格子と増強された電流制御構造をもつ1550nm VCSELを使用して、室温における1mW以上の連続波(CW)の発生と60℃までの動作が実証された(3)。アレイ内部の空気間隙のサイズを変えることで、波長分割多重に有望な1540~1591nmまでの固定波長を放射するレーザが実現された(4)。

図1

図1  長波長VCSELはInAlGaAs/InP歪層量子井戸を含む利得層中のトンネル接合にもとづいている。AlGaAs/GaAs DBRは利得層の頭部と底部に接着され、光は上部から放射される。

図 2

図 2  1550nm を発光するVCSELの高コントラスト回折格子は、空気間隙を用いて利得層から分離されている。反射率は99.5%を超える。(資料提供:チャンハスナイン氏)

高速VCSEL

今日のストレージエリアネットワーク(SAN)やデータセンタは、850nmのVCSELと100mまでのマルチモードグレーデッドインデックスファイバを使用して、10Gbpsの信号を伝送している。小型で高効率のVCSELは送信機と一緒に高密度に実装されているが、システム開発者は、明日の大規模データセンタに対して、より高速で消費電力が少なく、ビット当たりの消費電力がフェムトジュール(fJ)になるようなVCSELを導入したいと考えている。その最初のステップではファイバ回線速度が25Gbpsになるため、4波長を利用すると100Gbps伝送になると想定される。さらに詳しく述べると、スウェーデンのチャルマース工科大学(Chalmers University)のアンダース・ラルソン氏(Anders Larsson)は、そのレビュー論文のなかで、「現在の高速VCSEL技術(短波長と長波長の両方)は、広い温度範囲にわたる40Gbps変調が可能であり、実際のシステムに必要となるマージンも確保できる。しかし、40Gbpsは直接電流変調方式の上限になると考えられる。より高速の単一チャネル速度(100Gbps)を実現するには、新しくて革新的な変調方式や新しい変調フォーマットが必要になる(5)」と記述している。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2011/08/1108frontier.pdf