半導体レーザの効率と輝度を改善する波長安定化

ケンドラ・ギャラップ、ウェンタオ・フー、ロバート・ラマート、ジェフリー・アンガー

700から2000nmの波長範囲で動作する高出力半導体レーザのオンチップ波長安定化技術は正確で狭いスペクトル幅をもたらす。それは広い温度範囲にわたり、半導体レーザに新しい応用をもたらす。

原子物理学者のエドワード・テラー氏(Edward Teller)は、1991年にワシントンDCで開催された半導体レーザ技術プログラム会議の基調講演において、「それが半導体レーザでなければ、誰もレーザを使用すべきではない」と断定的に述べた。われわれのような半導体レーザ産業の関係者は誰でもテラー氏の発言を心から支持するが、偏見のない傍観者であっても、彼の発言、つまり、他の近赤外(NIR)レーザに比べると、半導体レーザはエネルギー効率のマージンが卓越し、低コストでロバスト性の小型放射光源であるという説明はおおよそ真実であると認めるであろう。この20年間以上において、技術的優位性はテラー氏の発言以上に立証されてきた。
 これらの魅力的な特徴のために、半導体レーザは多数のレーザ応用において支配的な地位を開拓してきた。半導体レーザ市場は他のすべてのレーザを合わせた市場よりも大きく、半導体レーザがなければ、光ファイバ通信や光データストレージなどの年間の市場規模がそれぞれ数十億ドルを超える巨大なレーザ応用はまったく存在しなかったと言っても過言ではない。
 しかし公平に見ると、半導体レーザは何でもできるわけではなく、その性能は2つの点で他のレーザ光源に及ばないと認めなければならない。第1に、高出力ビームは品質が劣る。レーザ出力が1ないし2Wを超えると、市販のレーザ光源は回折限界のビームを得ることができない。第2に、高出力半導体レーザは、ファイバレーザ、固体レーザ、二酸化炭素(CO2)レーザなどの競合レーザに匹敵する輝度が得られない。しかし、半導体レーザの輝度は急速に改善されており、それほど遠くない将来には電流注入方式の半導体レーザはキーホール溶接などの厳しい要求のある用途にも使用されるであろう。しかしながら、現在の半導体レーザは輝度が低いために、材料加工のほとんどの用途から締め出され、その利用はプラスチックの溶接や熱処理に限られている。

半導体レーザのスペクトル特性

固体レーザやファイバレーザのポンピングなどの用途は半導体レーザのビーム品質でも使用できる。そこでは出力スペクトルが重要な問題となり、半導体レーザは他のレーザに比べると、スペクトル線幅が広く、安定性に欠ける。
 半導体レーザと他のレーザとのスペクトルの違いは物理的性質の基本的な相違にある。このことは半導体レーザと固体レーザを比較すれば十分に理解できる。Nd:YAGレーザの能動結晶はドーピング量が少なく、結晶の99% は受動YAGホスト材料で占められ、能動Ndイオン、つまりNd 3+の割合は非常に少ない。Ndイオンは相互の平均的な間隔が原子直径の何倍もあり、電子雲の重なりは無視できるほど少ない。ホスト結晶場のシュタルク分岐などの広がり機構は各イオンのスペクトルを広げるが、概して全体の利得スペクトルは、つまりレーザ出力は個々のイオンの狭い利得スペクトルを反映したスペクトル線形になる。
 半導体レーザには基本的な違いがある。利得はホスト結晶内部のゲストとしての間隔の広い原子からではなく、結晶の全体から得られる。結晶を構成する半導体原子は隣接し、その電子状態は強く重なり、それぞれの独自性は完全に失われる。個々のエネルギー準位はパウリの原理によって広がり、エネルギーバンドの内部に入る。
 したがって、半導体レーザの利得スペクトルは著しく拡大し、ボルツマン統計の熱エネルギースケール(一般にNIRでは約20nm)から決まるスペクトル線幅は固体レーザに比べると何桁も大きくなり、結晶格子の電子状態の相互作用は温度の影響を受けるため、利得スペクトルは温度によって変動する。
 その結果、半導体レーザは広い周波数範囲に広がる多数のモードで同時に振動する。半導体レーザの多モードスペクトルは、一般に1〜3nmの幅があり、温度とともに変化し、800から1000nmの波長をもつ半導体レーザの変動の温度係数は0.35nm/℃になる。1400nm以上の波長になると、これらの数値は増加し、変動幅は15〜20nm、温度係数は>0.5nmになる。さらに、ピーク波長の設定も難しく、中心波長の製造許容範囲は短波長では±3nm、長波長では±10nmになる。
 例えば808nmの波長でポンピングするNd:YAGレーザや915nmの波長でポンピングするファイバレーザは、吸収スペクトル線幅が十分に広いため、ポンピング用半導体レーザの広い発光スペクトル線幅は大きな問題ではない。しかしながら、これらのレーザは性能の向上とともに新しいポンプバンドへの強い集光が必要となり、Nd:YAGレーザではエネルギー効率とビーム品質を向上するための880nmのポンプ、イッテルビウム(Yb)ファイバ増幅器では976nmのポンプ、アイセーフエルビウム(Er)レーザでは1532nmのポンプが必要になっている。これらのレーザは正確に決定され十分に制御された狭いスペクトル線幅のポンプ光源が必要になるが、それは標準の半導体レーザやレーザアレイの能力を上回る。

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出典元
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