ナノスケールの力測定を可能にする超安定なマイクロマニピュレータ

ジョン・ウィンガード

最先端の心臓病の研究では、次世代の光学計装がもつ性能が求められる。あまり知られていないことだが、研究者は3軸マイクロマニピュレータを用いて、一細胞を拾い上げたり、分子レベルの力や動作を計測したりできる。

先進工業国における死因第1位である心血管病はしばしば、心筋細胞と呼ばれる個々の心臓筋肉細胞の機能不全によって生じる(口絵)。これらの細胞は、完全に機能する心臓細胞の最小のモデル系であり、イオン制御、力発生、弛緩機能、細胞シグナル、遺伝子発現について調べられている。
 研究における多くの重要な手段には、個々の心筋細胞を用いる実験が含まれている。そのような実験では、げっ歯類から取り出した生きた細胞を調べるために光学顕微鏡がよく用いられる。例えば、顕微鏡ベースの機器プラットフォームでは、筋細胞が収縮する増負荷性収縮と、物理的な収縮が発生しない等尺性収縮力の両方を解析する、多様な実験が可能である。個々の細胞で、これら2種類の力を正しく操作することで、心臓サイクルの4つのステージ(IからIV)を実行できる(図1)。
 次世代の機器は、この種の研究の発展を目指す。例えば、米イオン・オプティクス社(IonOptix)の最新のMyo­Stretcherシステムは、力と動作の計測を優れた感受性で利用できる。XYZ軸を操作できるマイクロマニピュレータによって、1個の筋肉細胞を拾い上げることが可能だ。

Di-8-ANEPPS

Di-8-ANEPPS(緑)で標識させた細胞膜と、生物学的接着薬MyoTak(赤)で接着させた心臓細胞。Di-8は心臓細胞の筋繊維鞘とT管膜を標識し、接着薬は2本のマイクロガラス棒(ここでは見えない)を覆う。マイクロガラス棒は、1個の心臓細胞を接着させたり伸縮させたりするために用いる(提供: 3D再構成は米ペンシルベニア大(UPenn)のベン・プロッサー氏(Ben Prosser))。

図 1

図 1 イオンオプティクス社のOptiForce変換器を用いると、非常に早い反応時間でnNからμNの範囲で安定して力を計測できる。拡張期と収縮期の力のレベルで固定することで、一細胞レベルで心臓サイクルの4つのフェーズ(IからIV)を再現できる。

筋肉細胞を計測する

機器を操作するときには、各マイクロマニピュレータでガラス棒(一般的には直径が25μm、長さが500μm)を把持する。細胞外マトリックス(ECM)にあるタンパク質や多糖類と接着する分子の混合物であるMyoTakを含む滴にガラス棒を浸す。これをある程度乾燥させると、緩衝液の下のガラス容器に位置する筋肉細胞の各端に操作者が接触する。細胞がガラス棒に接触するまでにかかる時間が約10秒であり、その後は実験のためにガラスから離すことができる。
 一度筋肉細胞を拾い上げれば、物理的にも電気的にも刺激でき、その操作はさまざまな方法で定量できる(オプションのアクセサリが必要)。例えば、システムの圧電アクチュエータで細胞に機械的な収縮力を与えることもできれば、パッチクランプ式の電極を用いて細胞を刺激することもできる。
 個々の筋肉細胞は10〜1000nNの範囲で収縮力を発生させる。これはOptiForceと呼ばれる、特許のある光学アプローチを用いて計測できる(図1)。簡潔に述べると、カンチレバーが力変換器のヘッドに取り付けられており、カンチレバーの末端部の反射面の位置は、ファイバと結合したレーザダイオード(1550nm)の後方反射を通じて干渉法的に決定される。筋肉細胞の位置は波長のごく一部によって計測できるため、収縮がゼロに近いところで等尺性動作を研究する。
 OptiForceによって、分子レベルにおける心筋細胞の活性を2種類の方法で観察できる。一つは、カルシウムイオンの活性における動的なローカル変化を監視することである。もう一つは、収縮に関わる分子の集合によって生じる横紋(暗帯と明帯)である、サルコメアの長さの変化を計測することである。安静時には、サルコメアの間隔は約1.8μmである。この機器は、ハイスピード(250Hzから1kHz)のCCDカメラを用いて、赤色照射下で明視野イメージをリアルタイムに取得する。細胞が収縮または弛緩するたびに、サルコメアの長さの平均値を高い正確性をもって取得するため、システムのソフトウエアは横紋イメージを高速フーリエ変換(FFT)解析を実行する。
 他の代謝プロセスの顕微イメージングで広く使われているように、筋肉細胞のサブ細胞、サブ分子レベルの代謝活性もまたカルシウムイオンのプローブを用いて計測できる。このプローブの蛍光特性は、カルシウムイオンのローカル濃度に依存して定量的である。これは、キセノンランプと落射蛍光アダプタを統合させ、干渉フィルタに結合したカメラを用いることで実現する。

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出典元
https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2016/11/LFWJ1611bio2.pdf