レーザによって実現される、一般大衆のための拡張現実

カール・リーヒ

拡張現実(AR)技術は、主流として受け入れられておらず、広範な普及は遅れているが、その需要は拡大し続けている。ますます多くの企業が、誰もが利用できる状態を目指してこれに取り組んでいる。

映画の中では何年も前から拡張現実(AR)が登場していた。2002年の「マイノリティ・リポート」や、さらに古いものでは1986年の「トップガン」で、戦闘機パイロットのヘルメットに標的が映し出されていた。当時は未来的と思われたこの技術だが、1980年代の戦闘機パイロットは実際にこれが利用可能だった。
 ARは現在、運転者の視界に有用な記号や情報を投影する、車載ヘッドアップディスプレイ(HUD)において、一般市民が利用できるようになっている。特殊な専門領域でも利用されている。その一例が、全米のBMW販売代理店で自動車整備士が使用する、米リアルウェア社(RealWear)のARヘッドセットである。
 ARは2014年、米グーグル社(Google)が「Google Glass」(Explorer Edition)を発売した時に、消費者に対しても一般提供されたが、その売れ行きは全く期待に届かなかった。世の中を一変させる消費者向けのイノベーションを生み出すことの難しさは、誰もが知るところであり、新しい技術の投入には、開始と停止の繰り返しがつきものである。消費者はグーグル社のデバイスに対し、ARグラスは普通のメガネに似た外観でなければならないという反応をはっきりと示した。装着すれば「ハイテクおたく」の烙印を押されかねないその不格好なデザインは、多くの消費者に敬遠された。
 米インテル社(Intel)が2018年に発表したスマートグラス「Vaunt」も、重要な教訓を業界にもたらした。この製品は、ARグラスがファッション性と機能性を両立できることを示すものだった。Vauntには、モノクロで赤色の垂直共振器型面発光レーザ(Vertical Cavity Surface Emitting Laser:VCSEL)を使用して、網膜に映像を投影するシステムが採用されており、フル装備ではなく、必要な時に情報が得られる形の製品だった。しかし、インテル社は発売後まもなく、この取り組みを廃止した。
 次に登場したのは、加ノース社(North)のスマートグラス「Focals」である(2019年初頭出荷)。このグラスは、伊レイバン社(Ray-Ban)のメガネとほぼ見分けがつかない外観を備えていたが、残念ながら、消費者に広く普及することはなかった。個々のユーザーに合わせたメガネの調整など、カスタマイズレベルが高かったことが要
因かもしれない。ノース社はその後、グーグル社に買収された。

開発ニーズへの対応

消費者市場で成功するには、通常のメガネと同じかそれに近いファッショナブルなデザイン、低い消費電力、そして、カスタマイズがほぼあるいは全く不要であることが、ARスマートグラスに求められることを、ほぼすべての大手企業が学習している。その目的を支えるために供給メーカーは、軽量でコンパクトなデザインを実現する、小型で電力効率の高い照明と投影の技術に取り組んでいる。また、先進的な導波路光学系の開発によって、ARグラスのカスタマイズを、必要であったとしても最小限に抑えようとしている。
 視覚技術の開発が進められる一方で、一部の企業からは市場の隙間を埋める製品として、ARオーディオスマートグラスが提供されている。「Huawei X Gentle Monster」、「Bose Frames」、Alexa搭載の「Amazon Echo Frames」などである。オーディオ製品の提供は大きな第一歩であり、この新しい技術に対する消費者のニーズと用途について、さらに多くのことを業界が学習する上で役立つ。
 また、米フェイスブック社(Facebook、現在はMetaに社名変更)とレイバン社が共同開発した「Stories」のリリース(2021年9月)により、スマートグラス技術はさらに前進した。この新しいスマートグラスは、レイバン社のメガネとほぼ同じ外観で、同社を象徴するクールさを備えている。2基のカメラとオーディオ機能を搭載するStoriesは、写真撮影、30秒間のビデオ録画、音楽再生、通話が可能である。視覚的なAR機能は搭載しないが、それでもARグラスの進化における重要な一歩といえる製品である。
 フェイスブック社は約28億人ものアクティブユーザーを擁し、それはかなり大きなマーケティング機会である。自社ユーザーへのマーケティングによって、数百万人単位のユーザーに、毎日コンピューティングを顔に装着するよう促せる可能性がある。同社に必要なのは、今後数年間でARグラスの視覚的機能を実装することだけである。
 どのような新興技術にも、トレードオフが必要である。図 1は、視覚技術をARグラスに実装する際に議論が必要となる、さまざまな検討項目の一部を示したものである。

図1

図1 ARグラス用の視覚技術を設計する際の検討項目。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2022/05/028-030_ft_high-power_optics.pdf