マルチスペクトル機能を搭載する車載ライダ

スコット・バクター、ナディーン・バード

より多くのライダ波長を追加することで、自動車の周囲環境に関するさらに詳しい情報を取得することができる。

この20年間で、3Dライダ(LiDAR)はまさに文字通り、カメラによる従来のイメージングにさらなる次元を追加した。もともとは測量用に開発された3Dライダだが、今では無数の用途に利用されている。中でも最も顕著な用途は、部分的または完全自動運転のアシストである。
 走査またはフラッシュという一般的なカテゴリーに該当する、数多くの異なるライダアーキテクチュアが存在するが、最近まではそのすべてに、共通する1つの特徴があった。つまり、白黒カメラと同様に、モノクロだという点である。カラーカメラのほうがより多くの情報を提供できるのと同様に、より多くのライダ波長を追加すれば、自動車の周囲環境に関するさらに詳しい情報を取得することができる。
 標準的なカラーカメラの赤緑青(RGB)の3波長だけでなく、複数または多数の波長を加えることで、アクティブなマルチスペクトルまたはハイパースペクトルのセンシングが可能になる。パッシブなスペクトルセンシングと同様に、これによって、物体を構成する物質を識別することが可能になる。自動運転システムに対しては、安全性を劇的に向上させることができる。その例としては、車両前方の遠く離れた場所の道路条件(凍結や浸水など)の検出や、人間を同程度のサイズの物体と区別する能力などが挙げられる。

課題に対応するための取り組み

マルチスペクトルライダのメリットは明白であるにもかかわらず、自動車分野で使用される可能性を秘めた商用システムの開発は、迅速かつ簡単には進まなかった。主な理由は、リアルタイムセンシング(少なくとも数フレーム毎秒)が必要であることと、量産市場向けの車載デバイスとして、サイズ、重量、電力、費用(size、weight、power、cost:SWAP-c)の厳しい制約を満たさなければならないことである。加えてマルチスペクトルライダは、最先端のモノクロソリューションと同程度の距離及び解像度性能を備え、走行車両に発生する衝撃、振動、温度範囲に耐えられる必要がある。
 多波長ライダの初期の例は、チューナブルレーザ光源を使用し、主に大気研究を対象とするものだった。しかし、それから数十年が経過しても、光パラメトリック発振器(Optical Parametric Oscillator:OPO)などのチューナブル光源は、上述の要件の多くを満たすことができない。それに対する解決策が、必要なすべての波長を同時に生成できるレーザ光源だった。この種の光源に基づく、コンパクトなマルチスペクトルライダデバイスを最初に実証したのは、米MITリンカーン研究所(MIT Lincoln Laboratory)で1990年代終盤のことだった(1)(2)。それらの概念実証実験では、多数のレーザパルスと、内蔵されている電荷結合素子(Charge Coupled Device:CCD)分光器を使用して、スペクトルが各ポイントにおいて連続的に取得された。このアーキテクチュアにより、低解像度の単一のフレームを数分以内に取得することができる。
 それからおよそ10年後の2012年に、分散素子、アバランシェフォトダイオードアレイ、マルチチャンネルの高速デジタイザを使用して、広帯域光源から8つの波長を同時に取得できる3Dライダが実証された(3)。受信したレーザエネルギーは8つに分割され、受信器パスには損失が生じるため、距離は20m以下に制限されていた。また、このシステムには、10万ドルを超えるコンポーネントが含まれていたため、幅広い用途に適した設計ではなかった。その後の数年間で、この種のデバイスを、当時可能だったさまざまな測定に主に適用した、100件を超える科学論文が発表された。しかし、基本的なアーキテクチュアとその後のSWAP-cの問題は、ほとんど変わらないままだった。
 2018年に仏アウトサイト社(Outsight)は、長距離(数百メートル)ライダの主流アプリケーションを特に対象とした、新しい種類のマルチスペクトルライダを、1から開発する取り組みに着手した(図1)。これは、光源仕様の観点から見ると、パルス繰り返し周波数が500kHz以上、パルス幅が数ナノ秒、パルスエネルギーが数μJで、対象スペクトル範囲をカバーする広いスペクトル幅を備えることを意味する。高い繰り返し周波数は、高解像度の点群をビデオフレームレートで提供するために必要で、短いパルス幅は、良好な距離解像度を提供し、パルスエネルギーは、適度なサイズのスキャナアパーチャで長距離に対応するために必要である。また、非常にコンパクトで、低コストでの量産製造が可能でなければならない。
 この頃になると、半導体レーザのシード源と複数の増幅段をベースとした、アイセーフな波長1550nmのファイバレーザが利用可能だった。その出力を、適切な非線形ファイバにおいて広げることが可能で、すべての光学仕様を満たすことができた。しかし、システムの複雑さとコストがやはり、その使用を妨げる障害だった。
 同社のレーザは、2つの主要要素だけで構成されている。すなわち、特別に設計されたマイクロチップ固体レーザ発振器と、スペクトル拡幅も行う単一の増幅器である(図2)。発振器を、半導体可飽和吸収ミラー(semiconductor-saturable absorber mirror:SESAM)によってパッシブにQスイッチすることにより、幅1ns、エネルギー約100nJ、繰り返し周波数500kHzのパルスが得られる。このエネルギーは、ダイオードベースのシードレーザによるものよりも約2ケタ高いため、単一の増幅及びスペクトル拡幅段だけで、1400〜1700nmの範囲をカバーする数μJのパルスという、所望の出力仕様を達成することができる。また、当社のシード源には、短いパルスと高い繰り返し周波数を得るための高速電子部品が不要であるため、複雑さは緩和され、コストは削減される。

図1

図1 アウトサイト社のマルチスペクトルライダは、長距離(数百メートル)ライダの主流アプリケーションを特に対象としている。

図2

図2 アウトサイト社のレーザは、特別に設計されたマイクロチップ固体レーザ発振器と、スペクトル拡幅も行う単一の増幅器で構成されている。

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出典元
http://ex-press.jp/wp-content/uploads/2022/05/018-020_ft_automotive_lidar.pdf