世界初のキロワットファイバーレーザーの発表
ファイバーレーザーの有利なことに、これらのファイバーを融着接合すれば、3台のファイバーディスクレーザーをつないで1 kWを越える出力を出すことは簡単である。国家プロジェ クトというのは窮屈なもので、国際会議の発表には通産相の許可が必要であった。もっともこの場合は、世界初のキロワットファイバーレーザーの成功を発表するということで、簡単に許可されて、世界最大の国際会議CLEOの Post Deadline Paperとして発表した。
詳しい話は講義当日に行うが、結果として2002年に世界で最初に1本のファイバーから1 kWを超える出力をCLEO 2002のPost Deadlineで発表した。もちろん、大喝采を浴び る発表であったが、その時、寄せられた質問の中に、なぜNd添加ファイバーレーザーを開発しているのか?というものがあった。当時、Yb添加ファイバーレーザーが開発されており、そちらのほうが高出力化に向いていることは常識だったからだ。もちろん、我々も知っていたし、Ybファイバーレーザーの開発に変更したいと通産省に懇願していた。
しかし、お役所仕事はそれを許さず、当初計画通り、Ndファイバーレーザーを開発せよと強制された。6 年前に決めた研究計画は、必ず時代遅れになることを政府は理解していなかった。同じ2002年にはIPGが単一モードYbファイバーレーザーをマルチモードファイバーに結合させて1 kWファイバーレーザーを 開発し、世の中はマルチキロワットの世界に入っていった。そして2004年に単一モード1 KW、2009 年に単一モード10 kW、2013年マルチモード100 kWと高出力ファイバーレーザーは進歩していった。
当時の風潮では、技術者が主導する研究開発は独りよがりになって結局マーケットのニーズに整合しない。技術志向ではなく、マーケット思考の技術開発に変えなければ日本の将来はないという声が大きかった。しかし、ファイバーディスクレーザーの開発の教訓では、多くのユーザーは必ずしも未来を展望しておらず、当座の要求に終始するもので、本当の将来は自分の考えで展望しなければいけないということであった。自分の技術に固執するレーザー研究者、目の前の応用しか見えていない応用研究者、そのいずれも将来を見通すための基礎と想像力 に欠けていた。むしろ、両者が本当に目指すものをわかりやすく将来像を描き、対等な立場で評価して将来像を改良することが重要で、どちらが正しいなどという評論家的見方では未来は描けないということだろう。
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