新たな可能性、利得ピークから離れた波長で高出力が出せる

新たな可能性、利得ピークから離れた波長で高出力が出せる

 あらゆるレーザーの中で光を出しているのは 原子やイオンである。原子の光学遷移の確率は 孤立原子でもっとも大きく、まわりの原子と相互作用をすると、スペクトルは広がっていく。 無駄なく光を放出する能力でいえば、気体レーザーに固体レーザーはかなわない。固体を構成している原子は決してレーザー作用に有利なことはないのである。この点を固体レーザーの代表選手である希土類添加固体レーザーはどのように解決しているのであろうか。
 希土類原子が光を吸収、放出するのは4f-4f遷移である。希土類の場合、4f電子より外殻にある5pや6s軌道の電子が存在し、それらの電子が外部の結晶場から4f電子を遮蔽してくれるため、固体中にありながら外場の影響を受けにくい、いわば固体中の孤立原子のような環境で光と相互作用している。すなわち固体中にあってもスペクトルは狭い、という特徴を持っている。ランタノイドの系列の真ん中に位置するNdが固体レーザーとして優れた特性を示すのは、まさに典型的な希土類元素だからである。もちろんこのような 性質は端に行けば薄れてきて、Yb原子ではスペクトルはある程度広くなる。それでも希土類固体レーザーの発振波長は固定されていて、一般には波長可変ではない。
 ついでのことにTiやCrのような遷移金属を添加した固体レーザーに波長可変レーザーが可能になる理屈を説明しておこう。これらの遷移金属の場合、基底状態の3d電子のp軌道はまわりの結晶原子の間に挟まるような配置をとっている。しかし、光を吸収して励起状態に移ると、電子軌道はちょうど結晶原子の方向に回転する。TiはTi3+とプラスの電荷を帯びた状態で結晶内に存在しているので、周囲の結晶場は逆にマイナスの電荷を帯びた状態である。そこに電子軌道が変異して結晶格子の電子を押しやる形となる。このよ うに励起による電子遷移と結晶格子が押される振動励起が本質的に絡まった遷移となるので、これをVibronic transitionという。両者は分離できないのである。結果、光学遷移は結晶振動の影響を強く受けて、非常に広いスペクトルを示すことになる。これは確かに波長可変性に優れており、さらには超短パルスレーザーに不可欠の性質を生み出している。一方、それだけ結晶格子との相互作用が強いために、遷移断面積はスペクトルが広がった分だけ小さくならざるを得ない。遷移金属型の固体レーザーはレーザー励起が必要なレーザーといえる。同様に、希土類グループの端に位置するYb原子は結晶格子からの影響を完全に排除することができず、スペクトルが広がっている。同時に、そのトレードオフとして、誘導放出断面積はNdに比べて1桁低い値となる。

新たな可能性、利得ピークから離れた波長で高出力が出せる