基本に忠実なファイバーレーザー
一般的なレーザーでは、2枚のミラーで構成した光共振器の中にレーザー媒質が置かれている。一方、ファイバーレーザーの場合、両端面の表面反射だけで発振するのだから、レーザー媒質だけでレーザーとして成立する。果たしてどちらが本当のレーザーらしいといえるだろう。当たり前のように考えているミラーと増幅媒質の間の空間は、レーザーの基本方程式には登場しない無駄な空間といえる。馴染みがあるとかない、というような感覚は物理や科学とは無縁のものであり、こうしてみるとファイバーレーザーのほうが原理に忠実な形をしたレーザーだということができる。
一方、ファイバーレーザーの特徴である光伝播に対するモード制御はどんなものだろう。マイクロ波共振器には必ず3次元境界面が必要で、導波管構造がなければ、マイクロ波は共振することができない。なぜなら3次元空間の電磁波であるマイクロ波は、3次元の境界条件がなければ電磁波としての定在波を形成できないからである。
一方、レーザーの構成を見れば、軸方向には確かに2枚のミラーがあり、光共振器を形成している。一方、横方向は開放型であり、どこにも境界条件がない。これでどうして光は3次元空間内に定在波を形成して、レーザー発振を可能にしているのだろう。今ではレーザーは発振するものだと思ってレーザー装置を見ているので不思議に感じないかもしれない。本来、立つはずのない3次元定在波が立つことを証明したのは、レーザーの開発でノーベル賞を受賞したProkhorovである。筆者はソ連が崩壊して苦境に陥ったとき、Prokhorovを日本に招待し、有料講演会を開催して、ロシアの科学者を助けたことがある。その時、Prokhorovに自分で一番気に入っている業績はなんですか?と率直な質問をしたことがある。彼の答えは、Open Cavity Theoryが私の最大の貢献だというものだった。横方向には明確な境界はなく、光の回折損失による緩やかなモード依存損失があるだけである。そのような連続的に変化する境界条件であっても、レーザー共振器は3次元波動としての光共振を可能とし、無限の数のモードの中から、光共振器に最適なモードが選択されてレーザー発振に至る。もちろん、厳密な境界条件はないので、利得が高くなると、基本モードだけではなく、徐々に高次モードが発振することは避けられない。彼とBasovは米国の研究者とは独立に、多種多様なレーザーについてのアイデアを生み出し、実現してきたレーザーの父とも言うべき研究者だ。その彼がいちばん大事な仕事はOpen Cavity Theoryだという。それほど、それまでの考え方から飛躍した考えだったといえるだろう。既視化している考えの中に、非常に難しい物理が存在していることを思い知らされる例である。